21 夏休み

 ――アサハイム訓練場での野外訓練が終わり、夏季休暇が始まる日となった。


「夏季休暇だからって、無茶苦茶するなよ! お前らの誰かが、なんか問題を起こしたら、俺がその対処をしなくちゃいけなくなるからな! 頼むから、普通に過ごしてくれよ! それじゃ、また、9月にな!」


 ロバートはそう言うと、4組の教室から出ていった。

 夏季休暇が始まるとあって、4組の入校生たちは、嬉しそうな声を上げている。

 7月の下旬から8月の終わりまでの夏季休暇を、4組の入校生たちは、待ち遠しくしていた。


「それじゃ、いったん、荷物を取りに女子寮に行きましょうですわ!」


「分かりました、サラさん!」


「私も行きますね」


 サラとアリアとステラは、4組の教室を出ると、女子寮の部屋に向かう。

 女子寮に到着した三人は、自分の荷物をまとめると、レイル士官学校の入口の門に向かった。

 その道中は、夏季休暇を心待ちにしていた入校生で混雑していた。


 三人は、人混みに巻きこまれないように歩く。

 数分後、三人は、レイル士官学校の入口の門に到着した。

 外には、馬車がたくさん並んでおり、入校生たちが乗りこみ次第、出発していた。


「それじゃ、ステラ! 今度はレイテルで会いましょうですわ!」


「ステラさん、また、レイテルで会いましょう!」


 サラとアリアは、モートン家から来た馬車を前にして、手を振る。

 8月の初週に、三人は、アミーラ王国の南東部にある港湾都市レイテルで遊ぶ約束をしていた。

 レイテルは、海に面した都市であり、海産物が有名である。


「はい。レイテルで遊ぶのを楽しみにしています」


 ハリントン家の馬車を前にして、ステラは、サラとアリアに向かって、手を振っていた。

 その横には、メイド服姿のカレンがいる。

 ステラが馬車に乗ったことを確認したサラとアリアも、馬車に乗りこむ。


 モートン家の使用人は、二人が乗りこんだことを確認すると、馬車を走らせ始める。

 ガラガラと音を立てながら、モートン家の馬車は、レイル士官学校から離れていく。


「ふぅ~、ちゃんとした馬車に乗るのは、久しぶりですの! ガタガタ揺れなくて、最高ですわ!」


「そうですね! 乗っているだけで疲れないのは、最高です!」


 サラとアリアは、馬車の中で向かい合うように座っている。

 レイル士官学校で使われている馬車は、アミーラ王国軍で使われている馬車よりも古く、乗り心地が最悪であった。

 しかも、ボロボロなため、雨が降ってくると、雨漏りする有様である。


 二人は、夏季休暇ということもあり、しっかりとした馬車に乗っているだけで、テンションが上がっていた。

 馬車に乗っている間、二人は、レイル士官学校でのことを話して、盛り上がっていた。


 そこから、サリムにあるモートン家の屋敷に帰るまでの間、道中にある都市で休みながら、馬車は進んでいた。

 3日後、二人を乗せた馬車は、無事にモートン家に到着した。

 その頃には、太陽が沈んで、辺りは暗くなっていた。


「やっと、着きましたの!」


 サラは馬車から降りると、屋敷の入口へ走っていく。


「ちょ、待ってください、サラさん!」


 アリアは、サラの分の荷物も持つと、急いで、馬車から降りる。

 その背中には、レイルの武器屋で、サラとアリアがもらった高価な剣が背負われていた。

 サラの剣(100万ゴールド)とアリアの剣(500万ゴールド)は、一応、護身用に持ってきていた。


「お嬢様、アリア様。お帰りなさいませ!」


「ただいまですの!」


 サラが屋敷の中に入ると、大勢の使用人が出迎えた。

 少し遅れてアリアも、屋敷の中に入る。


「お久しぶりです、皆さん!」


 アリアは、サラの分の荷物を持ちながら、そう言った。

 すると、アリアの周りに使用人が集まってきて、荷物を受けとると、どこかへと行ってしまう。

 アリアが持っているのは、背負っている2本の剣だけになってしまった。


「お! 久しぶりだな、二人とも! 元気にしてたか?」


 屋敷の階段の上のほうから、普段着姿のクレアが降りてくる。

 クレアは、レイル士官学校に入る前と変わりがないようである。


「クレア姉様! お久しぶりですの!」


「クレアさん、お久しぶりです!」


 二人は、クレアを見ると、急いで近づく。


「その様子じゃ、元気にやっていたみたいだな! とりあえず、風呂で汗を流して、食堂に来なよ!」


「分かりましたの!」


「分かりました!」


 二人は返事をすると、お風呂場へ向かおうとする。

 そんな二人に、クレアが声をかける。


「あ! ちょっと、待て、アリア! 背中に背負った剣を少し、見せてくれ!」


「これですか?」


 アリアは、背負った2本の剣をクレアに手渡した。

 剣を受けとったクレアは、その場で剣を鞘から抜き、一本一本、軽く素振りをした。

 少し素振りをして満足したのか、剣を鞘に納めると、2本の剣をアリアに手渡す。


「なかなか、良い剣だな! 大事にしろよ! 剣ってのは、軍人にとって命に等しいからな! 雑に扱わないように気をつけろ!」


「もちろんですの!」


「はい!」


 ステラとアリアは、つい、レイル士官学校にいるときのクセで大きな声で返事をしてしまう。


「おいおい! ここは、士官学校じゃないぞ! まぁ、とりあえず、剣を自分の部屋に置いて、さっさと、お風呂に行ってこい!」


 クレアは苦笑しながら、そう言うと、自分の部屋へ戻っていった。

 二人は、自分の部屋に剣を置くと、お風呂場に向かう。

 レイル士官学校にいるときは、ゆっくりとお風呂を堪能することができなかったため、二人は、まったりとお風呂の時間を楽しむ。


 結構な時間が経過した後、二人はお風呂から上がり、食堂へ向かう。

 使用人が用意してくれた服に着替えていた二人は、スタスタと屋敷の通路を歩く。

 数分後には、食堂へ到着する。


「いや、遅いよ! 私も母上も待ちくたびれたぞ!」


「まぁ、良いじゃない! あなたがレイル士官学校にいたときも、帰ってからのお風呂は長かったわよ!」


「そうですか? それでも、こんなに長かったとは思いませんが!」


 サラとクレアの母親であるニーナの言葉に、クレアが言い返す。

 そんな様子を見ながら、アリアとサラは、食堂のイスに座る。


「そういえば、父上がいませんの? クレア姉様、なにか知っていますかですわ?」


「あ~、父上はエンバニア帝国に出張しているみたいだぞ!」


「えっ!? エンバニア帝国にですの!? この前まで戦争をしていましたのに、危ない気がしますわ!」


 サラは、イスから立ち上がり、驚く。

 アリアもサラと同意見であった。


(一応、講和を結んでいるとはいえ、アミーラ王国にとって、敵国には違いない。エンバニア帝国が少しでも、アミーラ王国軍の力を削いでおこうと思うのは、当然だと思う。加えて、マットさんは、ハミール平原の戦いで、功績を上げた指揮官の一人だ。なんらかの事故を装って、消しておこうと考えても不思議はないな)


 アリアはそんなことを思いながら、クレアのほうを見る。

 クレアはというと、父親であるマットさんを心配していないようであった。


「大丈夫だ! 今回は、友好のための使節団として、第1王子の付き添いで、エンバニア帝国に行っているからな! さすがに、一国の使節団を襲撃したりはしないだろう! そんなことをしたら、エンバニア帝国の面子が丸つぶれだからな! しかも、護衛で、近衛騎士団もついているから大丈夫だろう!」


 近衛騎士団は、アミーラ王国軍の中でも精鋭と言われる部隊の一つである。

 普段は、王城におり、王族を警護している。

 一人一人の強さが尋常ではなく、近衛騎士団5人と一個小隊が同じくらいの強さであると言われている。


「うう~ん、それなら、多少、安心できますわね!」


「そうだと良いですが……」


 クレアの言葉を聞いたサラは、複雑そうにしてはいるが、落ちつき、イスに座った。

 アリアはというと、心配そうな顔のままであった。


「とりあえず、父上の心配をしても、しょうがない! それより、早く夕食を食べよう! 私も母上も、腹が減っているからな!」


 クレアはそう言うと、机の上に置かれた料理を食べ始める。

 ニーナとアリアとサラも、使用人が持ってきてくれた料理を食べ始めた。


(まぁ、杞憂だと良いけど)


 アリアはそんなことを思いながら、夕食を食べる。

 軍で食べていたものより、美味しいハズであったが、なんだか味気がない気がした。






 ――3日後。


「はぁ……最悪だな」


 クレアは頭を押さえながら、屋敷の自分の部屋で立っている。

 先ほど、モートン家の屋敷に、王家からの使者が現れ、エンバニア帝国に第1王子の使節団が捕まってしまったことを伝えにきた。


 加えて、アミーラ王国軍の全軍に緊急招集が発令されている状態であった。

 そのため、クレアはすぐにでも、サリム基地へ行かなければならなかった。

 もちろん、サラとアリアもレイル士官学校へ戻らなければならない状況である。


(……とりあえず、屋敷にいても仕方がないから、サリム基地へ行くか)


 クレアは軍服に着替えると、自分の部屋を出る。

 すると、クレアの部屋に入ろうとしていたのか、サラとアリアが部屋の前に立っていた。


「……私はこれから、サリム基地へ行って、自分の部隊を指揮しないといけない。お前たちも、早く、レイル士官学校へ帰れ」


 いつもとは違い、軍人モードのクレアが、二人にそう言った。


「クレア姉様! これから、どうなりますの!?」


 散々、泣いたのか、涙の後が残っているサラは、クレアの軍服をつかむ。


「分からない。ただ、第1王子が捕らわれている以上、アミーラ王国軍は表立って動けないだろう。エンバニア帝国も、人質として価値のある者を簡単には殺さないと思う。だから、第1王子はもちろん、付き添いで行った将官たちは無事だと考えたほうが良い」


「……ということは、父上は無事ですの?」


「まぁ、これは私の推測だから、なんとも言えないがな。ただ、可能性はあるということだ。知りたいのは、父上の安否だろう? これで、いいか?」


 クレアはそう言うと、サラの肩をポンと叩き、屋敷の入口へ向かっていった。


「……サラさん、とりあえず、部屋に戻りましょう」


「分かりましたの……」


 アリアは、意気消沈しているサラの体を支えながら、サラの部屋へと戻っていく。

 サラの部屋に到着した後、アリアは、サラをベッドの上に座らせる。

 アリア自身は、近くにあったイスに座った。


「…………」


「…………」


 二人の間には、沈黙が流れていた。

 外からは、蝉の鳴き声しか聞こえてこない。

 二人は、なにかをするワケでもなく、ジッとしたままである。


 その状態で、どのくらいの時間が経ったか分からないが、突如、バンバンと窓を叩く音が聞こえてきた。


「……? なんですの?」


 サラはそう言うと、自分の部屋の窓のほうに顔を向ける。

 アリアも、黙ったまま顔だけ、窓のほうに向けた。

 すると、私服姿のステラが窓枠に捕まっている姿が見えた。


「え!? なんで、ここにステラがいますの!?」


「サラさん! とりあえず、窓を開けましょう! ここは、2階ですから、落ちたら大変です!」


「そうですわね!」


 二人は、協力して部屋の窓を開ける。


「ありがとうございます」


 窓枠に捕まっていたステラはそう言うと、サラの部屋に中に入る。

 少し後に、私服姿のカレンもサラの部屋の中に入ってきた。

 サラは、驚きながら口を開く。


「ステラ!? どうして、私の屋敷にいますの!? もしかして、遊びに来てくれましたの? それだったら、正面から入れば良いのにですわ!」


「いえ、なるべく、痕跡を残さないようにしないといけないので、2階にあるサラさんの部屋に直接、入ろうと思いまして。まぁ、そんなことはどうでも良いです。ここには、お二人に話しがあって来ました」


「話ですか?」


 アリアとサラは、お互いに顔を見合わせる。

 ステラは、サラとアリアがこちらに向くまで待つと、口を開く。


「はい。今、お二人がご存じのように、アミーラ王国の使節団が、エンバニア帝国に捕まってしまっています。捕まっている者の中には、第1王子であるクルト・アミーラ様やサラさんのお父上であるマット少将など、名だたる将官が含まれている状況です。私とカレンは、今から、エンバニア帝国に行って、使節団の方々を助けなければなりません。そこで、お二人も誘おうと思った次第です」


「なんか、いろいろと分からないことだらけですけど、助けに行きたいですわ!」


「軍が動けないとなれば、人質の方々がどうなるか分かりません! ここは、行くしかありません!」


 サラとアリアは、勢いだけで即決する。

 明らかに、今後のことを考えての理性的な決断ではなかった。

 その後、二人は私服に着替え、戦える準備をすると、静かに屋敷を出ていった。


「まったく、サラときたら……誰に似たのかしら」


 静かに屋敷を出ていくサラとアリアを、物陰から、ニーナは見ていた。

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