22 潜入

 ――1日後。


 アリアとサラは、カレンが用意してくれた商人の服に着替えていた。

 どこで調達したのかは分からないが、商人が乗るような馬車を商人姿のカレンが走らせている。

 その中には、同じく商人姿のステラとサラとアリアが乗っていた。


 現在、カレンが走らせる馬車は、ハミール平原を抜けて、コニダールに近づいている。

 エンバニア帝国の城塞都市であるコニダールは、アミーラ王国に最も近い都市ということもあり、軍事的にも重要な拠点であった。


「それで、本当に、コニダールに使節団の人たちは捕まっていますの?」


 馬車に揺られながら座っているサラは、ステラに質問をする。

 太陽の光が降り注いでいるため、気温が上がり、高温になっていた。

 そのせいで、馬車の中は、直射日光こそないが、蒸し暑い状況である。


「はい、信頼できる方からの情報提供ですので、間違いないかと」


「ということは、エンバニア帝国に入って、すぐに捕まってしまったんですかね?」


 アリアは、汗をぬぐいながら、ステラに質問をする。

 汗だくになっているアリア、サラと違い、ステラは涼しそうな顔をしていた。


「アリアさんの言うとおり、コニダールに入った瞬間に捕まったらしいですよ。あっという間のことで、近衛騎士団も動けなかったみたいですね。まぁ、油断してはいなかったでしょうが、敵に囲まれたら、どうしようもないかと」


「そうなんですね。そういえば、ずっと気になっていたんですけど、ステラさんとカレンさんって、何者なんですか?」


「本当に、そうですの! 普通の人のハズがありませんわ!」


 アリアとサラは、ステラに注目をする。

 ステラは、カレンのほうに顔を向けた。


「カレン、もうバラしても良いかしら!?」


 ステラは、馬車を走らせているカレンに向かって、大きな声を上げる。

 それに対して、カレンは、馬車の手綱を持ちながら、答えた。


「はい! 大丈夫だと思いますよ!」


 カレンは、馬車を走らせる音に負けない声で、ステラに伝える。

 ステラは、カレンの返事を聞くと、口を開く。


「私の家は、代々、アミーラ王国の王家を守ってきた存在です。なので、昔から、アミーラ王国の害になるであろう者たちを、人知れず始末してきました。王族を守る近衛騎士団が表だとすれば、私の家は影と言えるかもしれませんね。なので、今回はアミーラ王の命令で人質救出のために動いているというワケです」


 ステラは、いつもの表情で語る。

 にわかには信じられない事実を聞かされ、アリアとサラは黙ってしまう。

 馬車の中は、沈黙に包まれた。


 そんな中、サラが口を開く。


「とりあえず、ステラの家のことは分かりましたわ。それで、カレンさんは何者なんですの?」


「カレンは、元々、アミーラ王国の裏の世界を仕切っていた人間だったんですよ。あるとき、カレンはアミーラ王の逆鱗に触れてしまいましてね。それで、私の父上がカレンのことを始末しにいったのですが、殺すには惜しいと思ったらしくて、カレンとアミーラ王を説得して、表向きはハリントン家のメイドになってもらったみたいです。もちろん、裏では、こうやって仕事を手伝ってもらっていますけどね」


「それじゃ、軍の階級は、偽物ですか?」


 アリアは、ステラのほうを向いて、質問をする。


「いえ、本物みたいですよ。私の父上が、アミーラ王の許可をもらって、カレンに大尉の階級をつけさせていますね。なにかと、調査のために、軍の施設に入ることが多いですから」


「なるほど。まだ、いろいろと疑問はありますけど、おいおい聞きますね」


「分かりました。サラさんも、それで良いですか?」


「それで、良いですの。とりあえず、今は、使節団の救出に全力を尽くす必要がありますわ」


 サラは、腰につけた自分の剣を握りながら、そう言った。

 数分後、三人を乗せた馬車は、コニダールの近くの森へ入っていく。

 この森は、木々が生い茂っており、外からはなにがあるかを見ることは不可能であった。


 カレンは、馬車を止め、馬に餌をやった後、馬車の中に入ってきた。


「今から、救出作戦の説明をしますが、大丈夫でしょうか?」


 三人は、カレンの言葉を聞くと、うなずく。

 森の中であるので、馬車の中は、幾分か暑さが和らいでいた。


「それでは、説明をします。まず、夜中まで、ここで過ごしてもらいます。そして、夜中になったら、私が先導しますので、ついてきてください。潜入した後は、私が使節団が捕らわれているであろう牢に行って、人質になっている方々を救出します。その間、お嬢様とステラ様とアリア様の三人で、時間を稼いでください。私が人質の方々と一緒に近衛騎士団の人たちを救出したら、合流しますので、そこからは強行突破でお願いします。そして、帰りは、ここに置いてある馬車を使って、アミーラ王国に帰りましょう。作戦の説明は以上ですが、なにか質問はありますか?」


「私は、特にないですけど、カレン、早めに救出をお願いしますよ。どう考えても、長時間の時間稼ぎは無理ですから。カレンが遅くなれば、遅くなるほど、私たちが死ぬ確率が高くなるのを忘れないでくださいよ」


「もちろんです。本当は、私が足止めをできれば良いのでしょうけど、さすがに牢まで行くのは、お嬢様方では、無理だと思うので、お願いします」


「アリアさん、サラさん。ここまで来てなんですけど、覚悟はできていますか? 多分、相当、厳しい戦いになりますよ」


 ステラは、いつもと変わらない表情で、アリアとサラのほうを向く。

 もちろん、二人にも時間稼ぎが危険なことは分かりきっていた。

 敵陣のど真ん中での時間稼ぎ。


 死ぬ危険性が高いのは、考えるまでもなかった。


「覚悟ができていると言えば、嘘になりますの。でも、この先、父上がどうなるか分からない以上、可能性があるなら、それに賭けるしかありませんわ」


「私は、お世話になったマットさんとサラさんのために、覚悟を決めて頑張ります」


 二人の覚悟を確認したステラは、ふぅと息を吐く。

 どうやら、ステラは、二人が十分戦えると判断したようである。


「とりあえず、私が見張りをしておきますので、お嬢様方は、休憩していてください」


「カレン、頼みましたよ」


 ステラの言葉を聞いたカレンは、次の瞬間、消えていた。

 カレンが見張りをしている間、三人は食事をしたり、戦う準備をする。

 夜に動くので寝ておいたほうが良かったが、サラとアリアは、緊張して眠れなかった。


 対して、ステラはというと、


「スー、スー」


 馬車の中で横になって、いつもどおり寝ている。

 サラとアリアは、そんなステラのほうに顔を向けた。


「……なんか、いろいろな意味で、ステラは凄いですわ」


「……そうですね」


 まったく緊張していないかのようなステラの姿を見た二人は、少し、緊張がほぐれていた。






 ――半日後。


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 アリアとステラとサラは、森の中に隠れていたので、真っ暗闇でなにも見えない状態である。

 松明をつけると、エンバニア帝国軍に発見される可能性があったため、三人は、そのままカレンの帰りを待っていた。


 どのくらい時間が経ったか分からないが、ガサガサと森の中の木々をかき分ける音が聞こえてくる。


「…………」


 三人は、無意識に腰につけていた剣に手をかけた。

 木々をかき分ける音は、どんどんと大きくなっていく。

 ついに、馬車のすぐそばまで、近づいてきた。


 三人の緊張はピークに達していた。

 すると、ピタッと近づいてくる音が止み、辺りは静寂に包まれる。


「お嬢様方、殺気が出すぎです。それでは、敵を暗殺などできませんよ」


 足音の主は、戻ってきたカレンであった。

 カレンは、見張りがてら、コニダールを偵察してきたようである。

 三人は、戦闘準備を完了しており、馬車から降りると、カレンの案内で森の中を歩く。


 数十分後、コニダールの見える位置まで、到着した。

 カレンが伏せていたので、三人も伏せた状態になっている。


「これから、コニダールに潜入します。けっして、私から離れないようにしてください」


 カレンはそう言うと、伏せるのを止め、いきなり走り出した。


(えっ!? いきなりすぎるでしょ!?)


 アリアは、カレンに置いていかれないように、急いで後を追う。

 サラもビックリしているのか、驚いた顔をしながら、走っているのが見える。

 ステラはというと、いつもどおりの落ちついた顔をしながら、走っていた。


(というか、走るのが速すぎる! どんな、脚力をしてるんだ!)


 カレンとステラは、まるで矢が飛ぶかのような速度で、暗闇の中を走っている。

 アリアとサラは、置いていかれないように、必死でカレンとステラの後を追う。

 2分後、四人は、コニダールの都市を囲んでいる城壁に到着していた。


 アリアが城壁の上のほうを向くと、守備兵が巡回している様子が見えた。

 三人は、カレンの先導の下、城壁に張りつくような形で移動する。

 そうして四人が移動していると、いきなりカレンが立ち止まった。


「お嬢様方、少し待っていてください」


 カレンは、そう言うと、次の瞬間には、三人の目の前から消えていた。

 待つこと、数分間。

 いきなり、城壁の上から、三人の目の前に縄が落ちてくる。


「!?」


 いきなり縄が現れたので、驚いたサラは、声を出しそうになっていた。

 だが、ステラが即座にサラの口を片手で鷲づかみにしたため、サラが声を出すことはなかった。

 アリアもビックリはしたが、声には出さなかった。


 ステラは、サラの口から手を放すと、すぐに縄を両手で握って、城壁に足をつきながら登り始める。

 ギギと縄が軋む音が聞こえる。

 アリアとサラも、ステラの後を追って、縄を登り始めた。


 1分後、なるべく音を立てないように城壁を登った三人は、城壁の上に到着する。

 カレンは、すぐに、城壁の反対側に縄を落とす。

 カレンの動きを見たステラは、音を立てないように移動し、縄を降り始める。


 アリアとサラも、ステラと同じ要領で縄を降り始めた。

 三人が、地面に降り立ったことを確認したカレンは、城壁から飛び降りる。


(え!? 危なくないか!?)


 いきなり城壁の上から飛び降りたカレンを見たアリアは、度肝を抜かれた。

 サラも、口をパクパクさせて、なにかを訴えようとしている。

 だが、そんな二人の心配をよそに、カレンは、いとも簡単に着地をした。


 その後、すぐに、カレンは走り始める。

 三人は、カレンに置いていかれないように、また、走り始めた。

 

 走ること、数分間。

 カレンの走る速度がゆっくりとなり、数秒後には走るのを止めていた。

 三人も走るのを止め、カレンのほうに注目していた。

 四人がいる場所は、どこかの建物の陰になっているような場所である。


「ここから、少し行った場所に、コニダールの軍施設があります。人質の方々は、そこに捕らわれているようです。私は、牢に行って人質の方々を解放しますので、お嬢様方は、軍施設の入口で騒ぎ起こしてください。それでは、お願いしますね」


 カレンは小声でそれだけ言うと、次の瞬間には、三人の前から消える。


「サラさん、アリアさん。ここからは、私が先導しますので、ついてきてくださいね」


「分かりましたの」


「はい」


 サラとアリアは、小声で返事をした。

 その後、三人は、建物の間の狭い道を通りながら、軍施設を目指す。

 道中、建物の間から、コニダールで良く使われているであろう広めの道が見えた。


 そこでは、松明を持ったコニダールの守備兵が、巡回している様子が確認できた。


(やっぱり、普通の道は、巡回の兵士がいるみたいだな。バレないように気をつけないと)


 アリアはそんなことを思いながら、ステラの後ろを走っていた。

 走ること、数分間。

 ステラが走るのを止める。


 アリアとサラも走るのを止め、ステラに注目する。

 ステラは、アリアとサラのほうに振り向くと、のぞきこむような仕草をした。


(建物の陰から、のぞきこむようにして確認しろってことか)


 アリアとサラは、ステラの仕草の意味を理解すると、三人が隠れている建物の陰から、明かりが見えるほうを確認する。

 すると、明かりを発している場所は、コニダールの軍施設の入口であることが分かった。

 そこには、軍施設の入口を見張っている兵士がいるようである。


 確認が終わった二人は、元の位置に戻り、ステラの顔に注目する。


「それでは、いきましょうか」


 ステラは、小さな声でそう言うと、剣を鞘から抜いて、いきなり走りだす。

 アリアとサラも剣を鞘から抜くと、ステラの後を追いかける。

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