二十九 上女中の沙希
上女中の沙希は奥座敷を片付けていた。今この奥座敷は雪の寝所だ。
「沙希さん。私、父母を亡くして心休まる間も無く、こうして御店の切り盛りをする毎日です。帳場の仕事の他に、まだ、私の知らぬ事があるように思います。どうですか」
雪は上女中の沙希を問いただした。
「そんな事はありませんよ。帳場の大福帳に乗っている事だけですよ」
沙希は雪を一瞥しただけで、手を休めずに着物を片づけている。
『帳場の大福帳』と拘った沙希の言い方に、雪は己の考えが正しいと確信した。
私の小袖の袂には御伽草子が入っている。どこぞに、この草子と同じ表紙の大福帳があるはずだ・・・。
雪は小袖の袂から御伽草子を出して、強気の態度で狂言した。
「この草子は何ですか。ここに書かれているのは何なの。説明しなさいっ」
「そっ、それは・・・」
沙希は驚いて着物を片づけている手を止めた。言葉に詰まっている。
「・・・それを知ってるなら、おわかりでしょう」
さらに雪は強気に出た。
「私はこの様な商いを仕切っていませぬっ。説明しなさいっ」
今さら言い訳はできぬと思ったのか、沙希がしおらしくなった。
「大黒屋の商いは表向きだけです。裏商いが有りました。
大黒屋は抜け荷をしており、抜け荷で儲けて、今の身代になったのです。
その御伽草子の大福帳は裏商いの記録です。
床の間の地袋の隠し戸棚を、よく気づきましたね」
沙希は床の間の地袋を示した。
やはり、抜け荷をしてたんだ。それも、私が子どもの頃から・・・。
「私が物心ついた時から、沙希さんは上女中をしてました。
奉公はいつからですか」
「御店が開店して間もなくです。亡くなった旦那様の口利きで、越中から、千住の口入れ屋の富山屋を通じて、奉公に上がりました。
あの頃、お嬢さんは、旦那様たちが居るのに、いつも御両親をお捜しでした」
沙希の話に、雪は驚いた。
確かに、千住大橋南詰め中村町に口入れ屋の富山屋は存在する。この沙希も越中の出とは・・・。父母も大番頭も番頭も越中の出だと聞いていたが、番頭の三吉が話した『郷が美濃国』の話と辻褄が合わぬ・・・。
それに『旦那様たちが居るのに、いつも御両親をお捜しでした』とは何だろう・・・。
そう思いながら、雪は問いただした。
「今、商いは、大番頭が仕切っているのですね」
「旦那様が亡くなって一年が過ぎたばかりですから、今、商いは滞ってるはずですよ」
「沙希さんは商いの内訳を知っていたんですか」
「旦那様から、それとなく聞いてましたから・・・」
沙希の言葉に、雪ははたと気づいた。そしてあえて話した。
「やはり、寝物語に聞いたんですね」
「御存じでしたか・・・」
沙希は止めていた手を動かして着物を片付けはじめた。
父と沙希はいつから出来ていたんだろう。二人の関係を母は知っていたのだろうか・・・。それより『私がいつも両親を捜していた』とは何だろう・・・。
この事、藤堂様に伝えねばならない・・・。
雪は、与力の藤堂八郎に会おうと思った。
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