七 菱川屋の取り潰しと大黒屋の創業
昼九ツ(午前十二時)。
「御禁制の品々を何処で手に入れたか、答えよ。
それとも、お前たちが金子に換えるため、何処からか運んできたのか。
いったい何処から運んできたか、答えよ」
人足たちの前に、人足たちが奪ってきた珊瑚と翡翠と瑪瑙がある。人足たちは五人の同心に囲まれたまま、北町奉行所の牢で筵に正座させられ、藤堂八十八の従弟、吟味与力の藤堂八右衛門によって詮議されるが、
「・・・」
口を閉ざしたままだ。
「御禁制の品を運んで売れば、その者は死罪だ。分かっておるな・・・。
しかしながら、御禁制の品とは知らずに盗んだり拾って懐に入れたならば、盗みの咎だけだ。死罪にはせぬっ。この意味が分かるか・・・」
藤堂八右衛門は人足たちの顔を見た。
「さて、この品々を何処で手に入れたか吐けっ。吐かねば、牢問に掛けるぞっ」
吐かぬなら、この吟味与力はあっしらを拷問してても吐かせる気だ・・・。盗んだのだから死罪にはなんねえぞ・・・。
人足たちは、吟味与力藤堂八右衛門の説明に、禁制品を何処から持ってきたか話せば死罪は免れると思い、腹を決めた。
「申し上げます。あっしらは廻船問屋菱川屋の荷揚げ人足でやす。
今日の朝五ツ半(午前九時)頃、荷揚げしている薦包みが壊れて、中からこれらが出ましたんで、金目の物だろうと踏んで、佐渡屋に持っていって金子に換えてもらおうとしました・・・。盗っ人の咎はどのように・・・」
「なあに心配するな。死罪にはならぬ。
もっと詳しく話せば、所払い程度になるだろうよ」
「ほんとですかいっ。ありがとうございますっ」
人足たちは安堵している。貧しいながらも、皆、女房や子どもがいる。
「同じような薦包みは幾つあったか、覚えておるか」
「全部で、二十くらいだったと思います。
それに、薦包みは小さい割に重かったのを覚えておりやす・・・」
人足は、盗んだ珊瑚と翡翠と瑪瑙が廻船問屋菱川屋の廻船が運んだ物で、如何にして奪ったか、事細かに説明した。その後も人足は、
「今までも、月に一度の割で、似たような薦包みを二十ほど荷揚げした」
と語った。
詮議か終わると、直ちに吟味与力藤堂八右衛門は、詮議結果を北町奉行に報告した。
北町奉行は即座に、廻船問屋菱川屋の奉公人とその家族の捕縛を、与力の藤堂八十八に指示し、藤堂八十八率いる捕り方は、日本橋米沢町の廻船問屋菱川屋へ向かった。
昼九ツ半(午後一時)。
「野村、岡野、船着場へ行って、荷揚げ作業の見張り役と手下を全て捕縛しろっ」
「はっ」
藤堂八十八の指示で、同心の野村源之介と岡野智之助は、捕り方を率いて御堀端の船着場へ急いだ。
藤堂八十八は捕り方を率いて廻船問屋菱川屋の暖簾を潜った。
「菱川屋菱衛門っ。抜け荷の咎で、家宅を改めるっ」
突然の町方の家宅改めに、菱川屋の番頭と手代、奉公人は驚いた。店の外へ出ようとする奉公人もいる。
「おいっ、お前っ。逃げようとしても無駄だっ。店は町方が取り囲んでおるぞっ。
すでに、船着場にいる荷揚げ作業の見張り役と手下は、捕縛されておるっ」
藤堂八十八の声を聞きつけ、店の奥から主の菱川屋菱衛門が出てきて店先に正座した。
「これはこれはお役人様。いったいどういう事でございましょうか」
「御禁制の品々を佐渡屋で換金しようとした人足が、珊瑚と翡翠と瑪瑙を、この菱川屋の廻船が荷揚げした薦包みから盗んだと話した。
これまでに荷揚げした薦包みを全て吐きおってな・・・」
藤堂八十八は捕り方に奉公人の捕縛を指示しながら説明した。
禁制品を奪った人足が町方に捕縛されて全てを話したからには、菱川屋菱衛門は弁解のしようがなかった。藤堂八十八と同心たちは、菱川屋菱衛門と番頭を土蔵へ連れてゆき、詮議と牢問を行なって禁制品の在処を白状させた。
土蔵の床下に隠されていた禁制品は全てを押収され、菱川屋の主をはじめ奉公人とその家族全員が捕縛され、北町奉行所に連行された。
夕七ツ(午後四時)。
北町奉行は裁きを言い渡した。
菱川屋の主と抜け荷に荷担した奉公人は打ち首、奉公人の家族は遠島。珊瑚と翡翠と瑪瑙盗んだ人足たちは、珊瑚と翡翠と瑪瑙を盗みはしたが菱川屋の抜け荷を暴いたとして江戸所払いを言い渡した。あまりにも迅速な裁きだった。
二日後。
葉月(八月)五日。昼四ツ(午前十時)。
菱川屋の奉公人とその家族の刑が執行され、菱川屋は取り潰された。
店が取り潰されたと言っても、廃業になって店が北町奉行所に没収され、その後、新たな買い手に売られるか、借り手に貸されるかである。
その後。
葉月(八月)八日。
取り潰しになった菱川屋の店は、新たに国問屋を開業予定の大黒屋清兵衛に買い取られた。売買価格は五百両(一両が二十万円ほどの時代だ。現代の価格にして一億円か)。
日本橋米沢町の国問屋、大黒屋の創業である。
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