六 禁制品と菱川屋の人足

 葉月(八月)三日。朝五ツ半(午前九時)。

 廻船が、日本橋米沢町の廻船問屋菱川屋の船着場に着いた。船着場から廻船に足場板が掛けられ、荷揚げ作業が始まった。荷を担いだ人足が何度も足場板を行き来して、廻船から船着場に荷を運んだ。


 昼四ツ(午前十時)。

 船着き場に荷を運んでいる人足の脚がもつれ、運んでいた荷が宙を飛んだ。荷は船着場の地面に落ちて薦包みが破れ、木箱が砕けた。すると、綿布に包まれた珊瑚と翡翠と瑪瑙が地面に転がった。御上が売買を禁じた禁制品だ。


「てめえらっ、品物に手を触れるなっ。皆、その場を動くなっ」

 荷揚げ作業を監視している見張り役が叫び、船着き場の木箱が砕けた現場に駆け寄った。だが、人足たちは見張り役の警告に聞く耳持たず、我先に禁制品を拾って懐に入れ、その場から走り去った。

「おい、こらっ、待てっ。盗っ人を捕まえろっ」

 見張り役が叫び、見張り役の手下てかが、禁制品を奪った人足を追った。


 船着場から見張り役の手下がいなくなると、残った人足が我先に船着き場の木箱を砕き、禁制品を奪って逃げた。

「くそっ、なんてこったっ」

 見張り役は喚いた。奴ら、あんな物をどうする気だ・・・。銭金に換えねば何の役にも立たねえぞ。いってえ、どうする気だ・・・。銭金に換える手立てがあるんか・・・。



 見張り役が思ったとおり、人足たちにはそれら禁制品を売買する手立ては無かった。禁制品を金子に換えようと思いあぐねた挙げ句、三人の人足が、奪った禁制品を日本橋本両替町の両替屋佐渡屋に持ちこんだ。

「すまねえが、これを金子に換えてくれねえか」

 三人の人足は佐渡屋の店先でそう言った。

「しばし、お待ちください・・・」

 手代は店先から離れ、帳場の番頭に、禁制品を持ちこんだ人足について話した。

「私に任せなさい」

 番頭は帳場を離れた。


 番頭は店先に行って、仰々しく人足たちに挨拶した。

「お待たせしました。番頭の多平と申します。

 これは高価な物ですので、主と相談いたします。

 座敷にお上がりいただいてお待ちください。

 これ、粗相がないように、こちら様を座敷にお上げしなさい。座布団を勧めて、茶菓をお持ちしなさい」

 番頭は人足たちが差し出した禁制品を見てそう言い、人足たちに粗相がないよう、座敷で待ってもらうよう手代に言いつけ、その場を去って奥座敷にいる主の佐渡屋茂吉の元へゆっくり歩いた。

 人足たちに動揺を気づかれてはならない・・・。あれは列記とした御禁制の品だ。いったい何処で手に入れたのだろう・・・。


 そうこうするうちに奥座敷に着いた。番頭は、座卓で大福帳を見ている主の佐渡屋茂吉

 番頭は佐渡屋茂吉の前に正座して伝えた。

「旦那様、人足と思われる身なりの者たちが、珊瑚と翡翠と瑪瑙を換金してくれ、と言って店に来ています。座敷に上げて茶菓を振舞っておりますが、いかが致しましょうか」


「よくぞ、座敷に上げて、もてなしてくださった。

 御禁制の品を商うのは御法度。それ以前に、持っている事自体が御法度。

 人足たちはその事を知らぬらしいな・・・」

 佐渡屋茂吉はしばし考えた。

 この儂が禁制品を手に入れても、今の儂には禁制品を売買する手立てはない。いやいや、人足が、佐渡屋茂吉で換金した、などと言えば、その話は御上に届き、儂らの手が後ろにまわる・・・。


「番頭さん、離れに居る警護の者たちに言いつけ、人足たちを捕らえない」

「わかりましたっ」 

 番頭はその場を立って、離れに行き、佐渡屋茂吉の指示を、離れに居る用心棒の浪人たち四人に伝えた。

「分かった。店と隣の座敷の二手に分れて、人足たちに会おうぞっ」

 浪人たちは直ちに、人足たちが居る店の座敷に行き、事も無く人足たちを捕らえた。



 四半時後。

「藤堂様。この者たちが御禁制の品を買いとってくれと言って、店に来ましたから、警護の者たちに頼んで捕らえてもらいました。咎人をお渡ししますよ」

 人足たちは北町奉行所へ突き出された。佐渡屋茂吉は小声で与力の藤堂八十八に、

「咎人を捕縛した御褒美は、私どもの警護の者たちに・・・」

 とつけ加え、用心棒の浪人たちの顔を立ててやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る