八 大黒屋を探れ

 葉月(八月)十日。

 菱川屋の抜け荷の一件が落着後、北町奉行は町奉行の詰所に藤堂八十八を呼び、

「八十八。兼布佐の夜盗の探索は進んでおるか」

 料亭兼布佐の夜盗探索の状況を訊いた。

「はい。夜盗が亭主の金子の蓄えを小耳に挟み、事前に一見客として料亭兼布佐を探っており、『探っていた一見客は上方訛りに近い訛りがあった』と店の馴染み客の証言を得ています」

「『寝首かき一味』が料亭まで襲うようになったとはな・・・」

 北町奉行は考えこんでいる。


 料亭兼布佐が襲われる五年前から、『寝首かき一味』と呼ばれる夜盗によって、商家の主夫婦が寝込みを襲われて首を斬られ、金子を奪われる夜盗被害が半年に一度の割で続いていた。それら事件は北町奉行所の検視方を務める町医者竹原松月が気にするほどであった。


「商家は用心棒を雇って警戒しております故、警戒しておらぬ料亭を襲ったのでしょう」

 藤堂八十八の言葉に、北町奉行が言う。

「まだ、兼布佐の娘の行方はわからぬのか」

「はい・・・」

「・・・」

 藤堂八十八の返答に北町奉行は沈黙した。


「しかしながら、夜盗は四人以上の人数。しかも、静かに娘を連れ去った事から、布佐が言うように、夜盗の一人は女とみて間違いはありませぬ。

 また、兼布佐の客の証言、

『探っていた一見客は上方訛りに近い訛りがあった』

 から、同心たちに、最近江戸市中に住み着いた娘連れの夫婦を探らせております」


 藤堂八十八は、取り潰され菱川屋の店を買い取った国問屋大黒屋清兵衛が気になり、同心、松原倫太郎と岡野智之助と野村源之介らと、それらの手下の岡っ引きを総動員して、国問屋大黒屋清兵衛に探りをかけていた。大黒屋清兵衛は女房との間に一歳の娘がいたからだ。


 人別帳によれば、国問屋大黒屋清兵衛と女房の稲の夫婦の国元は越中の氷見である。不審な点は無い。大黒屋は開店したばかりで、今は大番頭と番頭はいない。そのため、奉公人の与平が大番頭を、三吉が番頭の役目をこなしている。二人とも国問屋大黒屋清兵衛夫婦が氷見から連れてきた二十歳前後の奉公人、と人別帳に記載がある。奉公人はこの二人だけである。

 越中前田家を通じて氷見の人別帳を調べたが氷見での四人に不審な点はなかった。  


 だが、人別帳は当てにならない。保証人が賂を得て不正を記す事があるからだ。

 藤堂八十八が、大黒屋清兵衛と女房の稲と与平と三吉と話して訛りを聞いていると、越中より、もっと内陸の、尾張や美濃の訛りのような気がし、国問屋大黒屋を始めるまで、越中で地方問屋をしていた経歴が事実とは思えなかった。しかし、大黒屋清兵衛らが夜盗である証は何も掴めず、娘が料亭兼布佐の娘である証も無かった。

 唯一気になるのは、大黒屋清兵衛の娘の名の『雪』である。拐かされた料亭兼布佐の娘は『由紀』で、口に出す声は『ゆき』である。夜盗が事前に料亭兼布佐を探っていれば、娘を『ゆき』と呼ぶ声から、娘の名の文字は想像できない。『ゆき』が『由紀』ではなく『雪』になった可能性はあるが、あくまで可能性だ。

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