二十七 葬儀と舞鶴
翌日。
葉月(八月)十日、昼八ツ半(午後三時)。
襖を外した大黒屋の三間の座敷で主夫婦の葬儀がなされ、丈庵住職の読経が響いた。
妹の多美は昨夜から帰っていなかった。多美は何処へ行ったのだろう。もしやして、夜盗の浸入を事前に知ったため、拐かされたのではあるまいか・・・。いずれ、与力の藤堂八郎様に話そう・・・。
葬儀が終盤になると、それまで座敷の褥に身を横たえていた大黒屋清兵衛夫婦は棺桶に座らされ、三途の川の渡し賃の銭六文が入った袋が夫婦の首にかけられた。
「さあ、お嬢さん。お別れですよ」
大番頭は、三途の川の石と称される石を持たせた。
番頭が二つの棺桶に蓋をした。雪は呆然としたまま、大番頭と番頭とともに、握った石で両親を納めた二つの棺桶の蓋に釘を打ち、二つの柩にした。
だが、雪の心には、両親を失い妹が行方知れずなって悲しむ己が居て、その己を心の底から冷静に見つめる己が居た。どこかで両親が斬殺される光景を見た憶えがある・・・。そして、背負われて遠くから葬儀を見た憶えがある・・・。
いったいこの光景は・・・。
定かでなかったが、斬殺と葬儀がきっかけで、雪は過去の記憶を徐々に思い出しつつあった。それは他人の世界を覗きこむような奇妙な感覚だった。
読経が終わった。丈庵住職は丁重に言った。
「仏を輿に乗せて菩提寺の円満寺に送りましょう。
仏は私どもの元に埋葬されます。私どもが菩提を弔います。
では、仏を円満寺へ送りましょう」
奉公人たちは柩を輿に乗せて円満寺へ運んだ。
その後。
大黒屋清兵衛夫婦は菩提寺の円満寺の墓地に埋葬された。丈庵住職は仏が墓地に埋葬される間、その場で読経した。
読経中、丈庵住職は視線を感じて本堂の南廂を見た。本堂の南廂に下女の布佐の姿が見えた。布佐はじっと大黒屋清兵衛夫婦が墓地に埋葬されるのを見ていた。
本堂の南廂にいる布佐は、雪の姿、とりわけ左の耳の後ろを見つめていた。
日頃なら、雪は、左の耳の後ろにある、鶴が舞いあがるような赤い痣を白粉と髷で隠していたが、父母の殺害と葬儀のさなか、痣を隠すのを忘れていた。
雪の左の耳の後ろに痣を見つけ、布佐の目に涙が溢れた。布佐は墓地から円満寺の本堂に視線を移して向きを変え、本堂に向かって手を合わせた。
丈庵住職は布佐の姿から墓地に視線を戻したが、心は本堂の南廂にいる布佐をしっかり捉えていた。
埋葬を終え、雪は気丈にふるまって丈庵住職に礼を述べ、一端、帰宅して身を清めてから、北町奉行所に与力の藤堂八郎を訪ねた。ここでも、雪は気丈にふるまった。
「おかげさまで、無事に葬儀を終えました。ありがとうございました。
夜盗探索で多忙に思いますが、多美を探してくださいませ。
今日は取り急ぎ参りました。後日改めて、お願いにあがります」
「お気遣いご無用に願います。妹御を探します。ご安心召されよ。」
藤堂八郎は快く雪にそう答えた。
何か知っていそうな藤堂八郎の態度が雪は気になった。
「もしやして、藤堂様は、夜盗探索で、多美の行方を掴んでいるのではございませぬか」
「推察どおり、多美さんの行方も探っております。
多美さんは無事です。私を信じてお待ちなさい」
「いつまででしょうか」
「夜盗を捕縛した折に・・・」
「夜盗の目星をつけたのですね」
「物証を探っております。この事は内密にしてください。雪さんの方で、辻褄の合わぬ事があれば知らせてください」
夜盗は私の身近にいる。それに違いない。多美は夜盗に気づいたから、私に知らせる間もなく身を隠したのだ。拐かされたのではない・・・。
そう思う雪だったが、藤堂八郎の意を汲み、それ以上は藤堂八郎に問わずに、
「くれぐれも多美を探してくださいませ」
と再びお願いし、礼を述べて北町奉行所を辞去した。
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