二十八 番頭の三吉
その後。
多美は夜盗が入った夜から家を出たまま行方が知れず、時折、与力の藤堂八郎が大黒屋に顔を見せ、雪にこっそりと、夜盗探索は進んでいる、と話すだけで、多美に関してこれといった事を言わずにいた。大黒屋では、行方知れずの多美は夜盗一味に拐かされて殺められた、と思われ、奉公人の口に上らなくなっていた。
一年後。
葉月(八月)十日、昼四ツ(午前十時)。
父母の一周忌が済むと、大番頭の与平は、雪が大黒屋の身代を継ぐのを急いだ。
葉月(八月)二十一日。昼四ツ(午前十時)。
大黒屋の締日の翌日。
国問屋大黒屋の主の襲名披露が行なわれ、雪が大黒屋の身代を継いだ。後見人は大番頭の与平である。雪は両親が斬殺された事とその翌朝の大番頭の事、多美の行方が気になって、襲名披露の宴で語られる、大黒屋の行く末など考えられずにいた。
襲名披露の翌日。
葉月(八月)二十二日、昼四ツ(午前十時)。
雪は大黒屋の帳場に座り、大番頭と番頭が奉公人たちに仕事を指示する光景を眺めた。
いつもなら、多美は店の座敷で、上女中の沙希から仕事を習ってるはずだ・・・。
雪は帳場机に御伽草子を拡げ、両親が殺害された翌朝の事を考えた。
父を斬殺した夜盗は大番頭に似た身体つきの男で、肩から胸に昇り龍の入れ墨があった。母を斬殺した男は番頭に似ていた。今になって思えば、見張っていたのは女は上女中の沙希のような気もする・・・。
夜盗が奥座敷に押し入った折、離れの私の寝所に多美はいなかった。あの時、すでに多美は身を隠していた・・・。いったい、多美は夜盗の何を知ったのだろう・・・。
両親が斬殺された翌朝、与力の藤堂様は大番頭の与平に、
『お宝と呼ばれる商いの品を、誰が知っていたか、全て教えて下さい』
と問うた。大番頭は藤堂様に、
『お宝と呼ばれる品の商いは内密で、扱う品は全て暗号で取り引きされ、実物が何かを知っているの主だけです。私どもをはじめ、主は奉公人の誰にも商いの品の内訳を話しておりません』
と答え、藤堂様はさらに、
『奉公人が商い品を知らずに、商いができるのか』
と問いただし、大番頭は、
『主だけがわかる箱書きで、お宝の品を確認しておりますので』
と答えた・・・。
あの時、藤堂様は一瞬不審な顔をした。父と大番頭と番頭が裏商いをしていたと考え、裏商いを知る者が両親を斬殺して、この大黒屋に隠されていた貴重な品を奪ったと睨んでいる・・・。夜盗は大番頭と番頭ではあるまいか。それなら、多美が身を隠した訳もわかる・・・。裏商いで得た貴重な品とは何だろう・・・。裏商いとは、抜け荷か・・・。
「お嬢さん。その大福帳は・・・」
帳場に近寄った番頭の三吉が、不審そうに雪の手元の御伽草子を見た。
「なんですか」
雪は、番頭が御伽草子を見ているのを感じ、すぐさま御伽草子を閉じた。
「その大福帳を何処から持ってきたんですか・・・」
番頭は不審な眼差しで御伽草子を見つめている。
雪が見ていた御伽草子の表紙は、木版刷りの天女の羽衣の絵だ。
「これは御伽草子ですよお」
雪がわざとまぬけた様子でそう言うと、番頭は慌てて言った。
「いったいどこから持ってきたんですか」
明らかに番頭は動揺している。
「これがどうして大福帳なんですかあ」
雪は番頭の顔色を伺った。
「いえ、そう言う訳ではないです。お嬢さんが見ていたから大福帳と思いまして・・・」
番頭は言い訳に詰まった。緊張している。
「では、これは何ですか」
雪はもう一度御伽草子を示した。
「御伽草子です・・・」
そう答える番頭を見ながら、雪は気づいた。どこかに御伽草子に似せた秘密の大福帳があるんだ・・・。
雪は話を変えた。
「ところで、大番頭の与平さんは、いつから大黒屋に奉公してるんですか」
話が変わり、番頭から緊張が消えた。
「もう、かれこれ十七年になりますか。多美さんが産まれる前から奉公に上がってますよ」
「三吉さんはいつからですか」
「私は大番頭の与平さんといっしょに奉公に上がりました。郷が同じ
番頭は、大番頭の与平と番頭の三吉の故郷は美濃国で二人とも今は三十代半ばだと話し、慌てて口をつぐんだ。番頭の話が事実なら、二人とも十代で大黒屋に奉公したことになる。
だが、妙だ。大番頭と番頭の郷は、父母と同じ越中の氷見と聞いている・・・。
「なぜ、ふたりとも御内儀さんがいないのですか。
御内儀さんがいれば、こんな時は何かと私が頼れたように思います」
雪は話を御伽草子と郷から遠ざけた。
「上女中の沙希さんに相談に乗ってもらうのはいかがですか」
「そうですね。そうしましょうか。沙希さあん・・・」
雪は御伽草子を持って帳場を離れ、上女中の沙希を座敷に探した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます