二十六 気の進まぬ詮議
明け六ツ半(午前七時)。
長女の雪は親を斬殺された翌朝だ。こんな状況の明け六ツ半に、殺害状況を訊いて良いものか・・・。
藤堂八郎は気になりながらも、長女の雪が伏せっている離れの寝所に入った。寝所に次女は居なかった。
なぜ次女が居らぬのか・・・。大番頭が手をまわして他所へ移したか・・・。次女の行方が気になる・・・。
藤堂八郎は次女の行方が気になった。
雪に、藤堂八郎が尋ねようとすると、大番頭の与平が、
「お嬢さん、御両親を亡くしたこんな折にすみません。許してください。
もう一度訊きます。夜盗の顔を憶えていませんか」
感情の無い表情で雪にそう尋ねた。
この大番頭、町方でもないのに妙な事をする・・・。それに、ふた親の斬殺の場を見た娘に、なぜこんな訊き方をするのか・・・。
町奉行所での大番頭の与平の落ち着きを思い、再び、藤堂八郎は大番頭を不審に思った。
「暗かったし、覆面をしてたから・・・」
雪の表情は能面のようで話し方に抑揚が無かった。
妙だ・・・、この娘、親の死に対して無関心に思える。親が斬殺される現場を見たせいで記憶が飛んだままか・・・。いや、そうとは思えぬ・・・。
藤堂八郎は、雪の無表情が意図したように感じた。
雪は、父を斬殺した夜盗の昇り龍の彫り物を記憶していた。夜盗二人の身体つきは大番頭と番頭に似ていた。そしてもう一人、奥庭で見張りをしていた黒装束の夜盗の腰つきは女だ。夜盗が両親の寝所に押し入った折、離れの私の寝所に妹はいなかった。そして今も居ない。妹も信用できない・・・。
そう思って雪は警戒し、気になる事を、今まで誰にも話していなかった。
「夜盗の身体つきを憶えてますか」
寝首かき一味の体つきくらいは憶えているだろうと藤堂八郎は思った。
「大番頭さんと番頭さんに似た体つきでした。奥庭で見張っていたもう一人は女でした。腰が括れて尻が大きめでした」
この時も、雪は夜盗の昇り龍の彫り物について話さなかった。大番頭に訊かれた時と同じに、昇り龍の彫り物は誰にも話していけない気がしていた。
「女の背丈は如何ほどでしたか」と藤堂八郎
「私くらいだと思います」
「女としては上背がありますね・・・。
夜盗は父上に何と言っていましたか」
「お宝がどこにあるか、と」
雪は俯いた。
「父上が斬られる前、夜盗はどんな様子でしたか」
「穏やかに話してました。私は、父と母が首を斬られるなんて思ってもいませんでした」
俯いたままそう言った途端、雪は激しく泣きだした。
雪の話だけでは手掛りにならぬ。夜盗は殺しに慣れている。しかも、夜盗は明らかに大黒屋の商いの品に精通していた・・・。
藤堂八郎はそう思いながら、
「お宝と呼ばれる商いの品を、誰が知っていたか、全て教えて下さい」
と大番頭に訊いた。
「お宝と呼ばれる品の商いは内密で、扱う品は全て暗号で取り引きされ、実物を知っているの主だけです。私どもをはじめ、主は奉公人の誰にも商いの品の内訳を話しておりません。
また、お宝の品は金蔵に納められていましたが、鍵は主が肌身離さず持っていました」
大番頭はもっともらしくそう言い、扱った品名を明かさない。
「奉公人が商い品を知らずに、商いができるのか」
やはり何か妙だ・・・・。
藤堂八郎は大番頭を睨んだ。
「はい。主だけがわかる箱書きで、お宝の品を確認しておりますので」
大番頭はそう言った。
しかし雪の説明から、明らかに夜盗は大黒屋の商い品を知っていた。夜盗は大黒屋と関わりある者だ。大黒屋の主とこの大番頭と番頭の身柄を探らねばならない、と藤堂八郎は判断した。
その頃。
奥座敷の大黒屋清兵衛夫婦は、竹原松月によって消毒がなされ、病死とされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます