二十五 検視

 明け六ツ(午前六時)から四半時後。

 藤堂八郎は大番頭の与平と同心松原源太郎と共に大黒屋に入った。奉公人たちは皆、大黒屋の店先にいた。

 まもなく神田佐久間町の町医者竹原松月と、湯島の円満寺の丈庵住職、そして同心岡野智永が早駕籠で駆けつけた。


「大番頭さん。松月先生を主夫婦の寝所へ案内して下さい。

 松原と岡野は、店のここで日野先生を待ち、奥座敷に人を立ち入らせるな。そして、奉公人から、主夫婦の病死に関して昨夜の状況をそれとなく聞き出せ」

 藤堂八郎は岡野智永と野村一太郎に、大黒屋の店先を示した。

「分かりました」

 二人は意を介してその場に待機した。


 大番頭の与平は、藤堂八郎と町医者竹原松月と丈庵住職を案内し、店の奥へ行く土間を奥へ歩いた。台所を過ぎると外廊下に上がり、座敷の横を通り過ぎて、番頭の三吉が誰も立ち入らせぬようにしている奥座敷に入った。


 まもなく、日野徳三郎が野村と共に駆けつけて奥座敷に現われた。

 野村は藤堂八郎の指示で店に戻り、松原と岡野と共に、昨夜、主夫婦の様態が変化したのに気づかなかったか、奉公人たちに尋ねた。何か異変があったら分かるはずだが、奉公人たちは不審な物音ひとつ聞いていなかった。



 奥座敷で日野徳三郎と竹原松月と丈庵住職による検視が始まった。夫婦は頸動脈を斬られて出血し、褥の上で事切れていた。仏の首には顎下の喉上部に圧迫された痕があり、斬られた右の首の周囲に刃物で擦った傷が幾つもあった。

「顎の下に腕をまわして喉を絞め、刃物を頸動脈の周りに何度も押しつけて、最後に刃物を強く押しつ付けた・・・。惨い斬り方だ・・・」

 そう言いながら、日野徳三郎は何度も首を横に振った。


「出血多量で事切れたのは明らかですな・・・」

 竹原松月はそう言っただけだった。丈庵住職は、

「血は全て褥の上に噴き出して他には飛び散っておりませぬ。

 松月先生。仏の傷を縫っては如何ですかな」

 と言った。

「おお、そうでしたな。如何にも如何にも。手桶に水をお願いしますよ」

 竹原松月は、座敷を見張っている番頭にそう言った。

「はい、今、お持ちします」

 番頭の三吉は落ち着いて台所へ向かった。


 藤堂八郎は大黒屋の番頭の三吉の後ろ姿を目で追った。番頭も大番頭に似て落ち着き過ぎている・・・。

「藤堂様。病死ですから検視は私共に任せ、目撃者に事情を訊きなされ。あまり長びいても不審に思われまする。病死の原因を聞くのです」

 日野徳三郎は藤堂八郎に目配せした。

「相分かりました。大番頭さん。離れに案内して下さい」

「こちらです」

 大番頭の与平は、奥座敷から外廊下へ出て渡り廊下へ歩き、藤堂八郎を離れの長女の寝所へ案内した。

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