二十三 事件発覚

 翌早朝。

 葉月(八月)九日。暁七ツ半(午前五時)。

「お嬢さん。起きてください。まあっ、こんなとこで、お漏しして」

 上女中の沙希が雪を起こした。雪は奥座敷の手前の座敷で眠ったままだった。奥座敷の襖がわずかに開いているのが気になり、上女中は奥座敷の襖を開けた。

「ああっ」

 そして、奥座敷の惨状に言葉を失って気絶した。


 奥座敷へ行ったま戻らぬ上女中を気にし、番頭の三吉が座敷に現われた。座敷で倒れている雪と上女中を見つけ、奥座敷を見て、番頭は喚こうとしたが思い留まった。慌てて店に戻り、こっそり大番頭の与平を連れてきた。



 大番頭が雪と上女中を起こした。

「こんな時に何ですが、夜盗の顔を見たんですか」

 大番頭は雪を問いただした。


「見てません。父母が殺されるのを見て、私は気を失いました・・・」

 なぜか雪は落ち着いていたが、茫然自失を装ってその場に座り、大番頭の問いに疑問を抱いた。

 父母が斬殺されたこんな折に、いったいこの男は何を訊きたいんだろう。なぜ夜盗が入ったとわかったんだろう・・・。

 そう言う私も、昨夜、父母が斬殺された折は動揺して気を失ったが、今は父母が斬殺された事にさほど動揺していない。この茫然自失を演じているのはなぜだろう・・・。だからとて、さほど動揺していない事を人に悟られてはならない・・・。

 父を斬殺した夜盗の左肩から胸に、昇り龍の彫り物があった。その事をこの大番頭に話をしてはならない。他の者にも話してはならない・・・。そして、父母が斬殺されたにもかかわらず、私の心は傷ついてない・・・。この気持ちはいったい何だろう・・・。


 大番頭は、雪が呆然自失しているように見えた。火付盗賊改方に事件を知られてはならぬ。火付盗賊改方の杜撰な探索は知られている。奉公人が疑われてはならぬ・・・。

「二人とも、この事は内密にしなさい。火付盗賊改方に知られると、私たち奉公人に嫌疑がかけられます。奉公人にも気づかれてはなりません。

 早く、お嬢さんを離れの寝所に連れて行きなさい」

 大番頭は、番頭と上女中に、事件について口止めし、雪を離れの寝所へ連れてゆかせた。

 多美が不在なのを誰も気づいていなかった。


 さらに大番頭は店へ行き、奉公人に、

「主夫婦が流行病はやりやまいで病死した。ひいては、うつるといけないから、座敷と奥座敷を立ち入りを禁ずる。

 神田佐久間町の町医者竹原松月先生が許可するまで、皆が店に留まり、主夫婦の他界を他言しないように」

 と言い含めた。


 全ての段取りを整えると、大番頭は主夫婦が斬殺された他に、どのような被害があったか詳しく調べた。そして、大黒屋清兵衛夫婦が斬殺されて土蔵の金子と貴重な品々が奪われた事を、火付盗賊改方に気づかれぬよう、内密かつ直々に北町奉行へ知らせた。

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