二十二 大黒屋を襲った夜盗

 葉月(八月)八日。夜九ツ半(午前一時)。

 何か音がする・・・。

 雪は、国問屋大黒屋の離れの寝所で目を覚した。妹の多美は褥にいなかった。多美は何処へ行ったのだろう・・・。

 音がするのは奥座敷だ。親が睦事のさなかなら外廊下から声をかけられない・・・。

 雪は静かに褥から起きて耳を澄ました。やはり、奥座敷の方から声がする・・・。

 雪は音を立てずに寝所の座敷を出た。


 離れから母屋へ続く渡り廊下の手前で奥座敷と奥庭を見ると、奥座敷の外の奥庭に黒覆面に黒装束の人影が見えた。雪は柱の陰に隠れた。

 腰が括れて尻が大きめだ。女だ。多美に似てる・・・。

 雪は人影に気づかれぬよう、人影とは反対側に当たる、渡り廊下の向こうの奥庭に素足で降りた。渡り廊下の陰に隠れ、足音を立てずに奥庭を歩き、外廊下に上がって奥座敷の隣の座敷に入った。

 耳を澄ますと奥座敷から押し殺した声がする。雪は奥座敷が見えるよう静かに襖を引いた。僅かな隙間から奥座敷が見えた。



 奥座敷には黒装束の男が二人いた。二人は父母に声を立てさせぬよう後ろから羽交い締めにして父母の口を手で押え、首に匕首を押しつけている。父を捕えている男が父の首から、父が首にかけている土蔵の鍵を奪い、父の耳元で穏やかに訊いた。

「お宝はどこにあるか言え」

「お宝と言われましても」

 父は押えられた手の隙間から言い訳した。


 夜盗は、また穏やかに訊いた。

「金子と、仕入れたべっ甲と紅玉、碧玉、翡翠、瑪瑙はどこにあるか言え」

 穏やかな夜盗の声に、父は震えながらも安心した。

「全て土蔵にしまってあります。なにとぞ命だけは」

 そう言うと同時に、父は背後から右の首を匕首で斬られ、血が噴き出す首を押えて夜盗の左袖を引っぱったまま事切れた。

 ああっ、と叫びそうになって、雪は口を手で押え、息を飲んだ。父に左袖を引っぱられた夜盗の左肩から胸に、昇り龍の彫り物が見えた。他の夜盗はすでに母の右の首を匕首で斬っていた。


「他の奴らも殺るか」

 母を斬殺した夜盗がそう言うと、

「家族は気づいちゃいねえ。土蔵に入ったらずらかるぞ」

 父を斬殺した夜盗がそう言い、二人は奥座敷から外廊下に出て奥庭に降りた。

「お宝は土蔵の中だっ」

 夜盗の一人が土蔵の周囲を見張り、二人が土蔵の塗壁戸の錠前を開けて中に入った。

 しばらくすると二人は頭陀袋を三つ担いで出てきた。見張っていた夜盗を呼んで頭陀袋を渡し、三人は頭陀袋の紐に肩を通して、頭陀袋が動かぬように紐で腰に括った。

「抜かりねえな」

「無い」

 夜盗二人は裏木戸の閂を外して外へ出た。

 残った一人か裏木戸を閉じて閂をかけ、塀の上へ跳び上がって塀の向こうへ消えた。


 雪は奥座敷の隣の座敷で畳に座りこみ、恐怖のあまり口もきけずに小水を漏して腰の周りと畳を濡らしたまま気を失った。

 だが、夜盗が父母の首を斬ったのをしっかり記憶していた。そして、父が首を斬られて夜盗の左袖を引いた際、有明行灯の薄明かりの中で、夜盗の左肩から胸に昇り龍の彫り物があるのをはっきり見ていたが、黒覆面に隠れた人相はわからなかった。

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