三十五 捕縛

 昼四ツ半(午前十一時)前。

 藤堂八郎たち町方が日本橋米沢町の国問屋大黒屋に着いた。


「よしっ、かかれっ」

 捕り方に大黒屋の店の表と裏を包囲させ、与力の藤堂八郎率いる同心と手下たちが、大黒屋に雪崩れこんだ。


「大番頭の与平、番頭の三吉、上女中の沙希。龍芳に刺客をさし向けた咎で捕縛するっ」

 与力の藤堂八郎は大黒屋の店先で大声で言い放った。


 奉公人たちは、大黒屋の外と店内の町方に、何が起っているのかわからず驚いている。

 大番頭の与平と番頭の三吉は、何かのまちがいではないか、と思った。


「松原っ、岡野っ、野村っ。大番頭の与平と番頭の三吉、上女中の沙希を捕縛しろっ。

 奉公人はその場を動かずに座れっ」

 と同心たちと奉公人に指示した。


 奉公人たちがその場に座った。

 同心と手下たちが、帳場に座っている大番頭の与平と番頭の三吉、座敷にいる上女中の沙希を捕縛して大黒屋の店の土間に座らせた。雪は帳場にいた。

「何かのまちがいではありませんか。いったい何の咎で私どもを捕縛するのですか」

 番頭の三吉の仕草はおどおどしている割りに目は据わっている。

 この仕草、明らかに狂言だ・・・。藤堂八郎はそう感じた。

「もしやして、抜け荷の摘発ですか。抜け荷などしておりませんよ」

 大番頭の与平は、藤堂八郎が話していない事を口走った。


 此奴、墓穴を掘りおったぞ・・・。

 藤堂八郎は言い放った。

「墓穴を掘ったなっ、与平っ。私は、抜け荷の話などしておらぬっ。

 まあ、あかしもある故、抜け荷の件も、北町奉行所でじっくり詮議いたそうかのお」


 藤堂八郎は、土間に座らされている大番頭の与平と番頭の三吉の前に屈んだ。

「三吉っ。又八ら四人を刺客として龍芳に差し向け、龍芳殺害を企てた証は又八から得ておるっ。言い逃れはできぬぞっ」

「濡れ衣です。その様な恐れ多いことをした覚えはありません」

 そう言い逃れするが、先ほどと違い三吉の目が泳いでいる。


 藤堂八郎は、はったりを利かせて言い放った。

「龍芳っ、此奴らが夜盗『寝首かき一味』である、と又八から聞いた話に、相違ないなっ」

 藤堂八郎は傍に控えている若いモンに、打ち合わせ通りに訊いた。

「はい、相違ございません」

 龍芳と呼ばれた若いモンは、はっきり答えた。


「また、料亭兼布佐の主兼吉殺害と、大黒屋清兵衛夫婦殺害の動かぬ証を、兼吉の女房布佐と、大黒屋の娘雪から得ておる」

 藤堂八郎は大番頭の与平と、番頭の三吉の襟を引っぱった。

 与平の左肩から胸にかけて『昇り龍の彫り物』が現われた。三吉の右の胸には『辰巳下がりの彫り物』がある。言い逃れしていた与平と三吉の顔色が一瞬に青ざめた。


「この昇り龍の彫り物と、辰巳下がりの彫り物が証だっ。

 布佐さんっ。雪さんっ。これらの彫り物に相違ないなっ」

 藤堂八郎は布佐と雪を土間に呼んだ。

「料亭兼布佐で私を殴り倒した夜盗の、辰巳下がりの彫り物です」

 布佐は三吉の辰巳下がりの彫り物を指差した。

「はい。大黒屋清兵衛を斬殺した夜盗の、昇り龍の彫り物にまちがいありません」

 雪は大黒屋清兵衛を父とは呼ばなかった。


「昇り龍の与平、並びに辰巳下がりの三吉、上女中の沙希。彫り物が動かぬ証だっ。

 お前たちと大黒屋清兵衛夫婦が『寝首かき一味』だった事は、又八が白状しておる。それと、抜け荷の動かぬ証拠の大福帳、御伽草子の大福帳があるっ。

 北町奉行所で詳しく聞かせて貰おうか。北町奉行所へしょっ引けっ」

 同心たち町方に指示し、藤堂八郎は、与平と三吉と沙希を睨みつけた。


「おめえ、口の軽い又八に、あれほど話すなと言ったのに、いってえ何を聞いていやがったっ」

 いつしか雪は、三吉を罵倒する与平の声を聞きながら、しっかり布佐と龍芳の手を握っていた。

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