三十六 詮議
霜月(十一月)八日、昼九ツ半(午後一時)。
北町奉行所の牢の一角で、吟味与力藤堂八右衛門による、与平と三吉の詮議が始まった。
「如何なる理由があろうと、人を殺めた夜盗は
以前も説明したように、
咎人は町奉行所の詮議で事実を明かさねば茅場町の大番屋送りになり、吟味与力による厳しい詮議と吟味を受ける。そこで吐かねば、伝馬町牢屋敷へ送られて牢問を受ける。
牢問とは、牢屋敷内の
石抱は、断面が三角形の角材を敷き詰めた座所の上に正座させ、膝の上に石塔に似た切石を何枚も乗せて自白を強要する拷問だ。この拷問で脛の皮膚は裂けて骨は砕け、死罪になる前に苦しみながら死ぬのが落ちだ。
そして、磔と獄門は、磔と獄門の二種類の刑罰を組み合わせた刑罰だ。
磔は、罪人を十字架に縛りつけて槍で突き殺し、死体をそのまま三日間晒しておく。
獄門は、牢内で首を切ったあと、その首を獄門台の上に三日間晒す。
藤堂八右衛門の説明を聞き、三吉は、
「磔と獄門にされるんなら、その前に苦しみたくはねえ、何でも話します」
あっさり、藤堂八右衛門の詮議に応じた。こうなると今さら言い逃れできぬ与平も、大黒屋清兵衛夫婦と与平と三吉が、夜盗『寝首かき一味』だと認めた。そして、これまで『寝首かき一味』が行なった数々の夜盗事件を語った。
「取り潰され菱川屋の店を買い取った金子は、如何様に工面したか答えよ」
藤堂八右衛門は、与平を問い詰めた。
「大店商家や料亭を襲った金子で、清兵衛が買い取って国問屋大黒屋にした」
「ところで大黒屋の長女の雪は、誰の娘だ。答えろ」
「料亭兼布佐の亭主の兼吉と布佐の娘の由紀だ。料亭兼布佐を襲った折、清兵衛の女房のお稲が、娘をさらってきた」
清兵衛は大黒屋の主の清兵衛だ。
「次女の多美は誰の娘だ」
「黒川屋安兵衛の娘だ。抜け荷の儲け三千両奪って、お稲が娘をさらってきた」
「何故、娘を拐かしたか、答えろ」
「お稲は子どもを欲しがったが、清兵衛は子種がねえんだ」
「上女中の沙希がお前たち夜盗の片棒を担いだのは何故だ。答えろ。
大黒屋を襲った折、上女中が見張りしていたのを、長女が見ておる。言い逃れはするな」
「沙希は清兵衛の女だ。氷見から連れてきた盗っ人女だ。
妾として正式に囲ってくれと言ってたのに、清兵衛は無視して上女中としてこき使った。 だから、金子目当てで夜盗に荷担して見張りをやった。
精兵夫婦を殺す事は知らせてなかった」
「沙希が夜盗に荷担したのは、此度の大黒屋だけか」
「そうだ。見張りだけだ」
「大黒屋を襲った訳を話せ」
「清兵衛は、大黒屋が抜け荷で儲けて国問屋として繁盛すると、己が『寝首かき一味』だとばれるのを恐れやがった。
清兵衛はてめえにゃ女房の他に上女中の沙希がいるくせに、
『三吉の様な口の軽い奴はてめえの女に、てめえらが「寝首かき一味」だとばらす』
と言って、俺たちが女を作るのを禁じた。
俺たちゃあ、ずっと清兵衛にこき使われてきた。がまんできなくなったから始末して金子を奪った。大黒屋も奪った」
与平が憎しみのこもった顔でそう言った。
「娘たちも、奪ったのか」
「そんなこたあしねえ。俺たちの娘も同然だ。夜盗をやっても、あの清兵衛の女房のような、人様の娘を拐かしたり、手を出したりの、
夜盗を行なって人を斬殺した与平は、妙なところで己の律儀を語った。
「次女は何処にいる」
藤堂八右衛門は与平と三吉を問い詰めた。
「わからねえ。大黒屋を襲う前から雲隠れしたままだ・・・」と三吉。
藤堂八右衛門は、そこで詮議に詰まった。
与平も三吉も己たちが如何なる裁きを受けるか覚悟している。今更、詮議に嘘はつかぬ。次女はいったいどこへ雲隠れしたものか・・・。
「次女に、男が居たか」
藤堂八右衛門は思いついてそう訊いた。
「確かじゃねえが、いたらしい」
三吉はそう言って口を閉ざした。
「誰だか知っておるのか」
「大工の又八が言うにゃあ、右胸に赤い龍の彫り物がある男だと」
与平がそう言った。
「そうか・・・」
藤堂八郎はその男に心当りがあった。
「これにて詮議を終わる。北町奉行の裁きを待つがよい。
咎人を牢に戻せ」
藤堂八右衛門は牢番に指示して与平と三吉を牢に戻した。
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