三十四 又八の証言
「又っ、誰に頼まれて刺客に落ちぶれたっ。言えっ」
雪が筋違橋の南詰めから去った頃、筋違橋の上で、若いモンが無頼漢に詰め寄った。
「昇り龍の兄貴は、何者だ。教えてくれ・・・」
無頼漢の一人は大工の又八だった。
「お前に、俺を始末しろと言ったのは誰だっ。言えっ」
「・・・」
又八は黙秘している。
「お前たちが町奉行所の詮議で事実を明かさねば、どうなるか説明してやる・・・」
若いモンに代わり、藤堂八郎は、今後、無頼漢たちがどんな取り扱いを受けるか、詳しく説明した。
七話で述べたように、
咎人は町奉行所の詮議で事実を明かさねば茅場町の大番屋送りになり、吟味与力による厳しい詮議と吟味を受ける。そこで吐かねば、伝馬町牢屋敷へ送られて牢問を受ける。
牢問は、牢屋敷内の
石抱は、断面が三角形の角材を敷き詰めた座所の上に正座させ、膝の上に石塔に似た切石を何枚も乗せて自白を強要する拷問だ。この拷問で脛の皮膚は裂けて骨は砕け、死罪になる前に苦しみながら死ぬのが落ちだ。
若いモンが再び問いただした。
「もう一度訊く。お前に、俺を始末しろと言ったのは誰だっ」
「三吉だ・・・」
「大黒屋の番頭の三吉か」
「そうだ・・・」
「よおしっ、そこまでだっ。
野村っ。松原っ、岡野っ。此奴らをしょっ引けっ。
吟味与力に、又八を厳しく詮議してもらえっ
北町奉行に大黒屋の奉公人全てをしょっ引くと伝えよ。
その後、各々の捕り方を連れ、国問屋大黒屋へ行けっ
私は先に大黒屋へ行く。急いで来てくれっ」
「はいっ」
同心野村一太郎の手下は、岡っ引きの達造と下っ引きの末吉。
同心松原源太郎の手下は、岡っ引き平次と下っ引き亀吉。
同心岡野智永の手下は、岡っ引き鶴次郎と下っ引き留造である。
同心たちは、無頼漢たちを引っ立てて筋違橋を南詰めへ歩いた。筋違橋から北町奉行所へは四半時もかからない。
同心たちが去ると藤堂八郎は若いモンと布佐に言った。
「国問屋大黒屋へ行くっ。二人も共に参れっ」
「はい・・」
藤堂八郎は日本橋米沢町の国問屋大黒屋へ行くため、若い男と布佐を連れて筋違橋を南詰めへ向かった。筋違橋から日本橋米沢町までも、四半時もかからない。
四半時後。
北町奉行所に連れてゆかれた又八は、直ちに北町奉行所の牢の一角で、吟味与力藤堂八右衛門の詮議を受けた。藤堂八右衛門は藤堂八郎の従叔父である。
「今後の詮議と吟味について、与力の藤堂八郎から説明されたはずだ。
今後、苦しみたくなければ、これから訊く事について正直に吐け。
大黒屋に入った夜盗は誰だ。名を言えっ」
又八は腰掛けに座らされ、手足を台座に縛られている。
「・・・」
又八は何も言わない。
「どうなってもいいのだな」
吟味与力藤堂八右衛門は又八の足の指を見て目配せした。
吟味与力の手下が鉄槌を掴んだ。
「訊く機会が二十回ある。いずれ、吐くだろう。やれっ」
「まってくれっ。おらあ、夜盗なんかじゃねえ。三吉に、あの若いモンを殺れ、と頼まれただけだ」
「刺客の依頼を受けたのか」
「そっ、そうだっ」
これで、大黒屋の番頭の三吉共々、この男は斬首だ・・・。
そう思いながら藤堂八右衛門は訊く。
「何故、あの若いモンの命を狙ったのか」
「あの若えモンは大黒屋に入った夜盗が三吉だと知ったからだ」
「どうやって知ったか」
「俺がしゃべった」
「ならば、お前は夜盗か」
「俺は夜盗なんかしてねえ。
賭場で三吉から、大黒屋を襲って金子を奪ったから羽振りがいいと聞いた。
奴は、賭け札と交換に頼みを聞いてくれと言って俺にいろいろ頼むようになった・・・」
「三吉の仲間は誰だ」
「大番頭の与平と上女中の沙希だ。三吉は、大黒屋を襲って金子を奪ったと言った。奴らは夜盗の「『寝首かき一味』だと言った・・・」
「そうか・・・」
雪が届けた抜け荷の大福帳で、大黒屋の抜け荷は明らかだ。
そして、雪の証言で、大黒屋の番頭の三吉と大番頭の与平の人別帳の詐称も明らかだ。
大黒屋の大番頭の与平と番頭の三吉と上女中の沙希をしょっ引けば、全てが明らかになるだろう・・・。
吟味与力の藤堂八右衛門は、これまでの夜盗事件の探りを北町奉行と与力の藤堂八郎から聞いている。藤堂八右衛門は『寝首かき一味』の捕縛を確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます