十一 荷揚げ人足、安吉の相棒

 葉月(八月)五日。昼四ツ(午前十時)。

「安吉つぁん。休みにしようぜ。こう暑くちゃ、たまんねえよっ」

 荷揚げ人足の五助が肩の薦包みの荷を船着場に降ろし、水桶の柄杓を掴んで水を飲んだ。

「あいよっ」

 船着場から土蔵に荷を運んでいる安吉も、水桶の傍にある皿の塩に指をつけて、付いた塩をひと舐めし、水桶の柄杓を取っていっきに水を飲み干した。

「いやあ、うめえなあっ」


「どうだい、だいぶ慣れたみてえじゃねえか」

 五助は船着場に降ろした薦包みに腰を降ろした。

「ああ、五助どんのおかげで、この暑さも苦にならんくなった」

「酒で膨らんでた腹もひっこんで、指もしっかりしてきた。顔の贅肉も落ちて日焼けして、これで、どこへ行ったって、いっぱしの荷揚げ人足だあな」

 安吉は、安吉の身体を見てそう言う五助に礼を言った。

「ああ、ありがとうよ」


「ところで、人足に化けて、いってえ、何をするってんだい」

 五助は興味心身の顔を安吉に向けた。

「やはりばれてたか・・・」

「あた棒よ。どう見たって、根っからの荷揚げ人足なんかじゃねえ。

 ここの女将さんが直々に頼むんだから、それなりの訳があると思ってたもんさ。

 さしつかえなかったら、訳を聞かせてくれねえか」


 ここひと月程で、安吉は五助が律儀な男で口が硬いのを理解していた。

「実はな、一人娘を拐かされちまって、己で探ろうと思ってな・・・」

 安吉は事実を言った。全てではないが・・・。

「そりゃあ、いけねえやっ。北町奉行所に届け出りゃあいいじゃねえか」

「まっとうな仕事をしてりゃ、届けられるが、そうはいかねえから、こまってるのさ」


 そう聞いて五助は驚いて言った。

「もしかして、娘を拐かした奴らも、まっとうな仕事をしねえのかい」

「ああ、そう言う事だ」

「娘の歳は幾つだい」

「ひとつだ・・・」

「なんてこったい、そりゃいけねえや。てめえに子が無くて、他人様の子を拐かしたんかい」

「そういうこった・・・」

「誰が、娘を拐かしたか、わかってるんかい」

「ああ、わかってる・・・」


 水無月(六月)六日の夜から、日本橋米沢町の国問屋、大黒屋清兵衛に二人目の娘が増えていた。生まれたての乳飲み子ではない、一歳ほどの子どもがいるのが発覚し、主の大黒屋清兵衛が妾に産ませた子どもだ、と陰で囁かれた。清兵衛はこれを否定しなかった。

 この事は、すぐさま、大黒屋の周りに探りをかけていた安吉の耳に入っていた。



「もし良かったら、教えてくれねえか。俺に手助けできることがあるかもしれねえ」

「大黒屋だ・・・」

「日本橋米沢町の国問屋か・・・。どうやって探るんだい」


 その時、船着場にいる荷揚げ作業の見張り役と手下が、

「休みは終いだ、荷を運べっ」

 と言った。

「見張り役が、休みは終いだと睨んでる。話は荷運びが終わってからにしようぜ」

「ああ、いいとも」

 五助の返事を聞き、安吉は、腰かけていた薦包みを肩に担いだ。


 五助は上州無宿と言われているが、罪を犯してもいないし、親から勘当されてもされていなかった。一度は江戸に出てみたい、と上州は高崎の在にいる親を説得して江戸に出て、日本橋富沢町の御堀端にある廻船問屋黒川屋の裏長屋で、女房と暮してる。いたって真面目な男である。この真面目な人足の五助を、大黒屋の探索に巻きこんでよいものか、安吉は考えあぐねた。



 夕七ツ半(午後五時)。

 廻船問屋黒川屋裏の五助の長屋で、安吉は思い切って五助に事実を話した。

「やっぱり、黒川屋の旦那でしたかい。この長屋に越してきたときから、妙だ、と思ってやした。そういう事情があったですかい・・・」

 五助は驚いていなかった。噂で、黒川屋の一人娘が行方知れずになっていると聞いていてからだ。しかも、廻船の出入りが減っているとも聞いていた。だが、商売に支障が出た、とは聞いていなかった。黒川屋は裏商いをしてる・・・、五助はそう踏んでいた。


「しかし、安吉つぁん。あっしが御上に垂れこんだら、どうする気ですかい」

「五助さんは垂れこまないさ。それに垂れこんでも、儲けは全て盗っ人が持って行っちまいやがった。証は何も残っちゃいねえ・・・」

「じゃあ、娘を奪い返して、盗っ人をとっちめようって腹ですかい」

「そう言う事だが、五助さんには恋い女房がいる。探りから手を引いた方がいい」

「気にしないでおくんなさい。好きな事をしたいと言って江戸に出てきたあたしらです。ここで、蚊帳の外はこまりますよ」

 五助の女房の美乃は安吉と五助を見てほほえんだ。 

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