十八 布佐に下された御上の指示

 料亭兼布佐に夜盗が入って十一年後、芳太郎は二十一歳になった。

 藤堂八郎は、芳太郎が元服した十五歳の折、黒川屋安兵衛が語った『大黒屋清兵衛らが黒川屋に押し入り、一人娘の登美を拐かし、抜け荷の儲け三千両と、抜け荷の裏大福帳七冊を奪った』一件と、大黒屋清兵衛の雪が芳太郎の妹の由紀らしい事をすでを伝えてあったため、芳太郎は大黒屋清兵衛の周囲を探っていた。


 北町奉行は奉行詰所に藤堂八郎を呼び、改めて夜盗『寝首かき一味』の探索を指示した。

 藤堂八郎は、芳太郎が探っている大黒屋清兵衛について語り、北町奉行の意向を尋ねた。

「芳太郎に、黒川屋の一件を教えありますが、娘たちの処遇を如何致しましょうか」

「頃合いを見て、娘たちを保護するように伝えよ・・・」

 と指示したものの、北町奉行は、如何様に娘たちを保護するか、策を思いつかず、

「その前に、芳太郎を母に会わせよ。料亭兼布佐の夜盗事件をいまいちど聞き出すのじゃ」

 と指示して、策を思いつかぬ己を不甲斐なく思った。

 藤堂八郎は北町奉行の思いを察していた。



 皐月(五月)十日。昼四ツ(午前十時)。

 布佐の家に、町人に扮した藤堂八郎が供の若い男を連れて現われた。男を玄関の取り次ぎの間に座らせ、藤堂八郎は奥の座敷に入って布佐と対座すると、早々に話した。

「布佐さん。来年の水無月(六月)から利息を倍にして下さい。利息の届けは私が手筈を整えます。利息が上がれば、それなりの無頼漢が文句を並べ立てて押しかけるでしょうが、私たち町方が隣の室橋幻庵先生の家に詰めていますから、安心召されよ」


 これまでの布佐の貸付利息はひと月に三分(百分の三)、十日で一分(百分の一)一日一厘(千分の一)だった。それらを二倍にするのだ。無頼漢たちが文句を言うのは目に見えている。そして、布佐が若い男と連れだって歩けば・・・、無頼漢たちはあらぬ噂を立てる・・・。

「それと、沢庵と目刺しと小松菜の菜では、精が付きませぬ。

 精の付く物を食べ、来たるべき日に備えて下さい」

 藤堂八郎は公にはせぬが、布佐の身の上に訪れるであろう変化を、それとなく示唆した。


「わかりました、やはり目星がついていたのですね」

「いずれ、娘御にも会えまする故っ」

 語気を強めて言う藤堂八郎の言葉に、布佐は納得した。

「ありがとうございます。

 では、来年の水無月(六月)から利息をひと月に六分、十日で二分にいたします」

「お願いします」


 藤堂八郎は話を変えた。

「それと、連れの者に今一度、料亭兼布佐に押し入った夜盗の特徴を聞かせて下さらぬか」

「はい。藤堂様にお話ししたように、事件当夜の記憶は戻りました。あの夜の事は、はっきりと憶えております」

「では、頼みます。

 こちらに参れっ。そして、料亭兼布佐に押し入った夜盗の特徴を詳しく聞くのだっ」

 藤堂八郎は、玄関の取り次ぎの間にいる若い男を呼んだ。

「はいっ」

 取り次ぎの間で待機していた若い男が座敷に現われて正座し、藤堂八郎と布佐に深々と御辞儀した。


「ああっ・・・」

 御辞儀して顔を上げた若い男を見て、布佐の目に涙が溢れた。

「十一年ぶりだが、明日からはいつでも会えます。

 ではこの者に、料亭兼布佐に押し入った夜盗の特徴を聞かせて下さい」

 藤堂八郎は布佐にそう言うと、若い男に言った。

「料亭兼布佐に押し入った夜盗の特徴を、しっかと聞きなさい。

 私は燐家におる故、四半時後に、燐家に来なさい」

「はい」

 若い男は藤堂八郎に御辞儀した。

「では、燐家におる故」

 藤堂八郎は若い男と布佐にそう言い、布佐の家を出て燐家の鍼医の室橋幻庵宅に入った。ここには同心とその手下の岡っ引きや下っ引きが交代で詰めている。


 藤堂八郎は北町奉行から、

『芳太郎を母に会わせよ。料亭兼布佐の夜盗事件をいまいちど聞き出すのじゃ』

 と指示されていた。若い男は布佐の倅、芳太郎である。


 北町奉行の采配に寄り、芳太郎は板前として料亭兼布佐切り盛りするかたわら剣術修業を続ける一方で、夜盗『寝首かき一味』を探索する北町奉行の密偵として、御法度の賭場の出入りを許可されているのは前に述べたとおりである。

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