第34話 朝、料理修行開始
「ザックスーーーーー!」
は、
もう、一週間分くらい眠ったんじゃないだろうか。
疲れもない。
筋肉痛もない。
それどころか、これまでにないくらい身体が動く!
早速、アステリオから這い出して、部屋の中で跳ねてみた。
動く、動くぞ!!
ははっ!身体が軽い!!
っていうか、えぇ!
ぼくってこんなにジャンプ力高かったっけ!?
ぴょーん、ぴょーん
「あら、おはよう、ユウ、お寝坊さんね。それよりも、また寝言でザックスって。そんなにおいしいのかしら・・・」
「いや、そんなこと言ってないから」
「ユウ殿、ヨコグラ殿をお待たせするなんて、何を考えているっすか!まあ、待っている間、ヨコグラ殿の淹れてくれた星草ティーをいただけて、自分は嬉しいっすけどね」
「まじ?寝坊!?どどど、どれくらいお待たせしてしまったんだろう」
ガチゃっ
隣の部屋のドアがゆっくりと開き、中からヨコグラ師匠が出てきた。
「ヨコグラ師匠ぉぉぉぉぉ!!!申し訳ありませんでした、寝坊なんかしてしまって」
「ユウ様。何をおっしゃいますか。この世界で、睡眠ほど大切なことはありません。それより、お疲れは癒えましたか?」
「ヨコグラ師匠、ありがとうございます。はい、見ての通り!なんだか、身体も軽くなったみたいで、ほら!」
ヨコグラ師匠の前で跳んでみせた。
(ふふ。杜人の資質が早くも・・・しかし、これほどまでに成長が早いとは、リグル様と同等。いや、それ以上か・・・)
「え、今なんて?」
「いえいえ、何でもございません。この宿にいらしてくださった方は、自分の潜在的な力に目覚めるものです。ユウ様は、その脚力こそ、秘めたる力だったのかもしれませんね」
ぼくの脚力・・・。
「さあ、朝食にしましょう。朝の支度は、私めがお勤めいたしました。ぜひ、召し上がっていただきたかったので。朝食がお済みになりましたら、僭越ながらユウ様は、私めと一緒に次のお料理の準備にとりかかりましょう」
「はい!!!」
そう言って、ヨコグラ師匠は、奥から、お料理を運んできた。
「ザっ、ザックス!?」
白い。
真っ白い何かが運ばれてきた。
湯気が立っている。
温かいお料理なのか。
「やーーーー!まさか、今日、これをいただくことができるなんて、感激です!」
「いや、まさかこれは、自分の大の好物じゃないっすか!?」
「これは・・・これは、なんですか」
「ふふ。喜んでくださって何よりです。これは、”お米”というものを、にぎってふんわりと固めたものにございます。私たちは”おむすび”と呼んでいます」
「白いつぶつぶ。はじめてみた。お米という食材をにぎって、おむすび。形が変わっただけですよね。味とかは変わらない。でも、名前が変わるんですね」
「えぇ、左様にございます。その昔、人間は神様と契りを交わしたと言います。この大地を大切に使うというお約束です。神様から許可をいただいた森を切り拓き、耕し、大地の恵みを享受できるようにしました。そうして、実ったのがこのお米です。このお米、一粒ひとつぶにも神様が宿りますので、契りと感謝を忘れないために、人間はこのお料理に”おむすび”と名前をつけたのです」
「へぇ!さすがヨコグラ殿っすーーーー!博識さに、ほれぼれしてしまうっす。自分が大好きなおむすびにそんな由来があったとは・・・」
「エノキ様、ありがとうございます。さあ、お味噌汁もご用意いたしました。冷めないうちに召し上がってください」
失礼だから。
失礼にあたるから、断じて声には出さないが、
この味噌汁とやら。
色が、西京を流れる青龍の川のような色をしている。
真っ茶色。
まさか、これを飲むというのか。
いや、ぼくは師匠についていくと決めたのだ。
違うのは、香り。
鼻がひんまがるようなあの強烈なにおいではなく、
どこか安心してしまうような香り。
おむすびは、あとで口直しができそうだ。
ならば、まずはこの茶色い飲み物を・・・
ズズっ。
お、おいしい!
少ししょっぱい。その中に甘みと。
温かさと。
ズズっ。ズズーーーーっ。
ぷはっ
「か、身体が喜んでるようだ」
「この上ない誉れのお言葉にございます。身体が本当に必要としているものは、おいしいと感じます。味噌汁にも、たくさんのルミナが入っておりますから」
そのとき、
ぼくは気がついた。
もうこの瞬間から、
いや、昨日ヨコグラ師匠の一皿目をいただいたときから、
ぼくの料理修行はすでに始まっていたんだと。
ぼくは、ただ、料理の方法を知りたいと思っていた。
でも、味わうこと。
感じること。
これがまずは大切なのかもしれない。
おむすび。
手にとってみる。
この感触。
ザックスでは表現できないようなもちもちっとした感覚。
一口。
はむっ
衝撃。
痛くない。
でも、自分の奥の方で何かが壊れた
音もなく。
でも、衝撃が走る
動けない
・・・
・・・
「あら、ユウ。どうしたの?嫌いなものでも入ってた?」
「おや、お口に合いませんでしたか?」
ぼくは、泣いていた。
涙が、涙が止まらない。
「お、おいしいです。ほんとうに」
絞り出した。声を。
もうよく分からない。
これまで塞がっていた感情の堰が一気に崩れて、
どばっと押し寄せてきた。
「なんなんですか。なんなんですか。もう。おむすびを、おむすびをいただいたらなんだか、もうよくわからない。ぼくの中がぐちゃぐちゃになって、あぁ、人前で泣くなんて恥ずかしい」
「僭越ながら、ユウ様。ユウ様は、本当にこれまでよくがんばられてきたのだと私めは思います。味は感情。感情は味にございます。豊かな味わいというのは、思い出や記憶を呼び起こすものです。あのときの懐かしさ、あのときの悔しさ、怒り、喜び、幸せ。それは、味が呼び起こすのです。どうか、押し込めずに自然のまま、流れにお任せください」
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