第22話 杜人の使命、ユウへの導き

アカガシは、朦朧とする意識の中で夢を見ていた。


まだ、この森が白に染まっていない。


少し昔の記憶だろうか。


そこには、壮年の男性が立っていた。


ん?


どこかで、見覚えがあるような・・・。


彼は穏やかな笑みを浮かべながら、アカガシの幹に手を置き、その存在を感じ取るように深い呼吸をした。


男性の手から、太陽のような温かさを感じる。


心地よい・・・・・・。


「アカガシよ、これで大丈夫じゃ。時期に元気になるじゃろ」


「杜人リグルよ。世話になったな」


「なぁに、精霊と杜人はともに森を護る存在。当然のことをしたまでじゃ」


「リグルよ。そういえば、孫ができたらしいな」


「おい、よく知っているな」


「ははは!ワシの千里眼を甘く見るなよ」


「人のプライベートまで除くとは、趣味が悪いのぉ、大精霊」


「どうだ?孫は、杜人の後継としては・・・」


「ふっ、それは、本人次第じゃな」


「楽しみにしておるぞ、杜人リグルよ」




杜人リグ・・・ル。


リグル。


リグルじいちゃんか!!


「じいちゃん!!」


思わず、声を発したと同時に、

あたりはまばゆい光で包まれた。


––––––。

––––––。


大精霊アカガシの記憶・・・。

リグル。

杜人リグル。

じいちゃんは、本当に杜人だったんだ・・・。






赤いオーブが降りてきた。


柔らかく光り始め、輝きが次第に形を成していく。


やがて、光は薄れ、そこにはケープをまとった小さな子どもの姿が現れた。


アカガシが精霊の姿を取り戻したのだ。


「そうか・・・小僧。お前がリグルの––––––––いや」


つぶやいた口をつぐむと、アカガシは、どこか懐かしそうな眼差しをぼくに向けた。


しかし、その瞳にはまだどこか疲れが残っている。


そして、幼い姿からは想像もつかないような重みの帯びた声で話し始めた。


「…我が名はアカガシ。ユウ、そして、イロハモミジ、エノキ。この度は、大義であったぞ––––––」


「はっ!」


イロハモミジとエノキがそろってひざまづいた。




「え!この坊主がアカガシのじっちゃん!?」


あまりにもの想像とのギャップに驚きを隠せず、つい口をついた。




ギュゥゥゥゥゥ


「痛っ!何すんだよ」


イロハ先生が、ぼくの太ももを急につねってきた。


「ユウ殿。目の前にあらせられるのが、正真正銘、大精霊アカガシ様っす」



「よい・・・」


アカガシの声は、幼い姿からは想像もつかないほどの重みを帯びていた。


その言葉に、ぼくたちは無言で耳を傾けた。


「我からお前たちに話すことがある」


アカガシが一歩前に出て、静かに語り始めた。


「かつて、人と森は深い結びつきを持っておった。杜人と精霊は互いに導き合い、循環の摂理を促してな。森は人々の生活に欠かせない存在であり、人々もまた、森を敬い、その恵みに感謝していたのだ。だが、時が経つにつれ、人々は森を忘れ、森の声に耳を傾ける者がいなくなったのだ。そして、森を利用することさえも放棄し、ただ放置されたのだ」


イロハモミジが静かに頷き、悲しそうに目を伏せる。


「…森が見捨てられたということですね」


アカガシは続けた。


「そうだ。そして、その無関心が森に負荷を与え、森は自らを守るために歪みを生んだ。その歪みが、怪異を呼び起こす原因となっている」


ユウは、先ほどの戦いで目にした白い怪異を思い出し、表情を曇らせた。


「つまり、あの白い怪異も…?」


アカガシは頷いた。


「うむ。人々がかつて手を加えた森が、放置されると、木々たちは、自分たちで、光や空気を得るしかなくなる。かつては、森のどこからでも日に一度は青空を望むことができたものだ。しかし、秩序を失った樹木たちは我先にと青空を占拠しはじめたのだ」


「光と空気を得るために、私たちも仕方がなかったのよ」


イロハモミジが、弁明するように言った。


「青空を失い、陽の光を失った我らの森は、やがて暗黒の世界へと変わった。一日中暗く、霧がたちこめ、植物や木々が凶暴化する原因となっている。ユウ、お前を襲ったかずらも、そのひとつだったのだ」


エノキがそっと口を開いた。


「森は、生きているっす。人が関心を向けてくれれば、森と人は健やかに成長するっす。しかし、人がそれを忘れたとき、森は無秩序に陥り、負の感情が芽生え、怪異を生むっす。それが今、森で起きている異変の本質っす」


アカガシは深い息を吐き、続けた。


「今や森は、怪異にとって好都合な環境となっておる。森の秩序が乱れた今、人と森のつながりを取り戻さなければならない。それが、杜人としての役割なのだ」


アカガシの言葉に、ぼくの胸の中で何かがざわめいた。


ぼくが西京で見てきた景色、人々の生活、そのすべてがこの森との関係に影響を与えているというのか。


「ユウ、お前には、杜人としての研鑽を積み、この森を癒す使命がある。杜人とは、森と人間の架け橋となる存在。森の声を聞き、森を護る者。だが、それだけではない。杜人は森に力を与え、森の精霊たちと互いに導き合う役割も持つ。お前もその力を持っているが、まだ未熟だ。森と人を再び結びつけるため、精進せよ」



イロハモミジとエノキも、黙ってアカガシの話に耳を傾けていた。



「そして、我もお前の力を必要としている。かろうじて精霊の姿は取り戻したが、まだ全ての力は解放されていない。私が完全に力を取り戻すためには、お前の助けが必要なのだ」


アカガシは手をぼくに差し出した。


「我らの力になってはくれぬか」


その手は小さく、子どもらしいものだったが、そこには森の運命を背負う重さが感じられた。


アカガシ、イロハモミジ、エノキの目がぼくを見つめている。


「ぼくが・・・」




一瞬の葛藤。


ぼくが、じいちゃんのように、この森を護る?


そんなことができるのか。


「イロハモミジ。そして、エノキよ。今後もユウの力になってやってくれ」


「はっ!ありがたきお役目!」


2人は声をそろえてアカガシの命に応えた。



「ユウ。私たちがいるから大丈夫よ」


「ユウ殿には、自分が剣術を教えるっす。ユウ殿なら必ずやり遂げられるっす」



2人の表情に頼もしさを感じた。


これが、じいちゃんの見てきた世界・・・なんだな。


「うん、わかったよ」


ぼくは、アカガシのその手をしっかりと握りしめた。


エノキとイロハモミジも、こくんと頷いた。


「ユウよ。まずは、杜人の道具を探すことだ。それが、お前の次の試練となる」


「杜人の道具・・・」


「伝説の存在、杜人たちに代々受け継がれている道具っすね」


「そうだ。イロハモミジ、エノキ、共にユウを導いてくれ」


「はっ!」


エノキとイロハモミジは声をそろえ、応えた。


「恐れ多くもアカガシ様。ひとつ、お願いがございます」


イロハモミジはひざまずきながら、アカガシに申し出た。


「なんだ、申してみよ」


「先ほどのユウの働きは、まことに見事でございました。彼は、私たち精霊にとっても手に余る怪異に立ち向かい、我らを救ってくれました。おかげで、森の命を救う道が拓かれました。しかし、今の彼は疲労困憊の状態にございます。どうか、一晩の暇を恵んではいただけぬでしょうか。ユウがしっかりと休息を取ることこそが、今後の旅においても大いに助けとなると信じております」


「うむ。よいだろう。『昴宿 よこぐら』を訪ねるといい。一晩と言わず、今はゆっくりと英気を養うがよい。話は我から通しておこう」


「は!ありがたき幸せ」

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