第18話 絶望の白き森

ゴホっ、ゴホっ。


おかしい。


何かがおかしい。


門を開き、一歩踏み出すと、そこは、真っ白な木が立ち並ぶ世界だった。


「ここが、鎮守の森・・・」


この森に入って、多くの木を通り過ぎてきたけれど、

こんなに真っ白な木ははじめて見た。


それは、森に初めて入ったぼくの目にも、明らかに異様な光景に映った。


空気中には、白い粉のようなものが漂っている。


呼吸する度に、気管が全力で吐き出そうとする。


ゴホっ、ゴホ。

ゴホっ、ゴホ。

ゴホっ、ゴホ。


く、苦しい・・・。


「エノキさん、ここも・・・」


イロハモミジは、着物の袖で口元をおさえながら言った。


「そうっすね。まさか、時空を超越したこの場所まで、怪異の力が及んでいるなんて思っていなったっす」


「かはっ、か・・・、怪異?」


「話はあとっす。ユウ殿、できるだけこの白い粉を吸い込まぬようにするっす」


そう言いながら、エノキは持っていた杖から刀身を抜いた。


長身のエノキの身の丈ほどもあるように見える刃は、白んだ世界の中でも、緑色に、そして紫色に光り輝いている。


「風纏う『玉蟲』よ、我が刃となりて、白き虚無を切り裂かん!」


ヒュオオオオオォォォォ


エノキが、太刀を振るうとユウたち3人の周りを、風が巡った。


この場所だけ、風で守られ、白い粉が入り込めないようだ。


ようやく呼吸ができる。


ハァ、ハァ。


「助かりました。エノキさん。いつ見ても、エノキさんの剣術はお見事です」


イロハモミジの言葉に、エノキは笠を目深にかぶり、


「そうっすか」


笠からはみ出ている口元が少しほころんでいるのが見える。


「エノキさん、またまた危ないところでした。ありがとうございました」


ぼくもすかさず、お礼を伝えた。


「とにかくっす。大精霊アカガシ様を探すっすよ」


アカガシと言うくらいだから、

赤いんだろう。


赤いじっちゃん、か。




3人で、あたりを散策してみる。


あの木も、この木もどれも真っ白だ。


しかも、すっかり葉を落としてしまっている。


すでに生命活動は停止してしまった木たちなのだろうか。


「ひ・・・ひどいわ」


イロハモミジは続けた。


「なんで、こんなことに」


「やはり、怪異のしわざっすね」


「そうだ、その怪異ってのはなんなんだ?」


ぼくは尋ねた。


「難しい質問ね。怪異というのは、突如この森に起こった異変のことよ。本来、私たち精霊界と、怪異の住む異界は交わることはなかったのよ。ちょうど、人間界と精霊界のように。でも、最近、精霊界の中に異変が起こり始めたのよ。詳しい原因は分かってはいないの。でも・・・」


「でも・・・?」


イロハモミジはとても言いにくそうに続けた。


「私は、怪異が現れ始めたのも、人間に原因があると思うの」


「え、ぼくたちが?」


「ええ」


「イロハ殿。まだそうと決まったわけではないっす。きっと、大精霊アカガシ様なら、そのこともお見通しのはずっす。まずは手分けをして、大精霊アカガシ様を探すっすよ。風の力をユウ殿とイロハ殿にも分けるっす」


そう言うと、エノキは再び太刀『玉蟲』を抜き、


一振り。


ヒュワン


二振り。


ヒュワン


ヒュオオオオオォォォォ


ぼくとイロハ先生の周りにも風のバリアができた。


「この気流をまとっていれば、お互いが離れても大丈夫っす」


ぼくらは、てんでバラバラに歩き始めた。


真っ白な世界だ。


もはや、それが普通の光景のようにも思えてきた。


そういえば、ぼくが四季の回廊で出会った黒い”ヤツら”もまた、怪異だったのだろうか。


四季の巡りが途絶えて、永遠に夏の来ない春の世界に閉じ込められた。


光を喰らう”ヤツら”。


“ヤツら”は、得体は知れない姿だったけれど、実態はあった。


目で確認をすることができたんだ。


きっと、この森を真っ白にしてしまった怪異も、目に見えるはずだ。


ぼくは、目を凝らして辺りを見渡してみた。



!?



お、大きい・・・。


葉っぱを落とした、真っ白な樹木たちの中に、

一際巨大な木が一本立っていた。


幹のほとんど白くなってはいるものの、

この巨木だけは、なんとか、葉っぱは落とさずに持ち堪えている。


ぼくには、その姿が、この森の最後の砦のように思えた。

この巨木がなんとか踏ん張って、この森を支えているような気がした。


「モミジ先生ー!、エノキさーん!こっちへ!」


「あ、アカ・・・アカガシ様ぁーーーー!」


エノキが叫んだ。


「この木が・・・大精霊・・か。ん?アカガシのじっちゃんは、まだ生きてるよ!ほら、よく見ると、白い粉が降り積もっているだけだ」


「こら、ユウ殿。大精霊アカガシ様の御前っすよ」


赤みを帯びた樹皮が白い粉をまとっているようだった。

まるで、粉末状のザックスをふりかけたような、そんな色をしていた。


「本当です!ユウさん、よく発見してくださいました!まだ完全に真っ白になったわけじゃないみたいだわ。エノキさん、アカガシ様はまだ生きていらっしゃいます」


しかし、大精霊アカガシ様という、どっしりと構えたイメージとは裏腹で、まるで息ができず苦しみもがいているように見える。

「イロハ先生やエノキさんのように、なんで人の姿をしていないの?」


「私たち森の精霊は、樹木の化身。人の姿を保持するためには、少しエネルギーが必要なのよ。普通は動けない樹木が、こんなに動けるようになるんだから、ね。樹木の姿をしているということは、おやすみになられているのか、あるいは、そうとう弱っているって証拠なのよ。それにしても・・・」


イロハモミジは、その美しい顔に不安を浮かべ、震える声で言った。


「アカガシ様が、こんなに弱ってしまうなんて…一体、何が...」


エノキは眉をひそめて木を見上げ、冷静に状況を分析しようとした。


「これはただ事ではないっす。アカガシ様にも何か重大な異変が起きているに違いないっす。ユウ殿、用心っすよ。」

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