第2話 おじいちゃんの夢

ああ、今日もよく働いた。


20人の団体さんが来た時は、もうダメかと思った。


もう、ベッドに倒れ込みたいよ。




ザックスレストランは、ぼく一人で切り盛りしている。


一緒に仕事をしてくれる仲間がほしいところだけど、

この街じゃ働かなくてもいいからね。


働こうなんて言うのは、よっぽどの変わり者だ。


一度、アミに「一緒に働かない?」って聞いたことがある。


アミは、


「えー、わたしは食べる専門だからなぁ。それに、もし私が働いたら、あまりのかわいさにお客さんがたくさん来ちゃって、ますます大変になるよ、お店」


だって。


アミは、確かに、かわいいところもある。


接客をさせたらその明るさ目当てにやってくるお客さんもいるだろうか・・・。


って、ちょっと考えてみる。


あぁ、でも、行儀がなぁ––––––。





グーっ。


腹減ったなぁ。


そういや、昼くらいから忙しくなって、今まで何も食べてなかったな。




ガチャ。


家の鍵を開け部屋に入るやいなや、ぼくは台所へ立った。


ザックスを冷たい多めの水で割れば、即席ジュースの出来上がりだ。


疲れたときには、これこれこれ!


ん、、ン、、ゴクっ。ゴクっ。ゴクっ。


ふぅ・・・



モニターをつけたら、いつものCMが流れている。


「栄養マックス!元気マックス!これさえ飲めば、どんな疲れも吹き飛ばせる!あなたの健康は毎日の『ザックス』!」


はあ、もう聞き飽きたな、このCMも。


でも、疲れた身体にザックスの栄養が駆け巡る感じは悪くない。


今日は早めに眠るとしようか。



・・・


・・・



「ユウ————。


ユウよ、ワシは、向こうの世界へいかねばならぬ」


「おじいちゃん。いかないで!」


ぼくは泣きじゃくりながら叫んだ。


「ユウよ。ワシは、これから勤めを果たさねばならんのじゃ。」


「つ・と・め?」


ぼくは、手の甲で涙をぬぐった。


「そうじゃ。」



おじいちゃんは、ぼくの頭に手を置いてこう続けた。


「いいか、ユウ。この川の向こうにはな、森が広がっておる。今、森がピンチなんじゃ。いずれとんでもないことが起こるじゃろう。そうなる前に行かねばならん」


「もり・・・?もりって、おやつがあるところでしょ?」


「ユウよ。森はな、私たち人間にとって、なくてはならない場所じゃよ。おやつだってくれる。でもな、時に大きな力で人を襲うこともあるのじゃ。このままでは、西京(さいきょう)が危ないんじゃ。ワシは行かねばならん」


「いやだ!!・・・なんでおじいちゃんが?」


「ワシは・・・ワシは、杜人(もりびと)なのじゃ」


「も、もり、びと?」


「時がきたらわかるじゃろ。ユウ・・・いつか、ユウも旅に出る宿命じゃ。森で待っておるぞ」


・・・・・・

・・・・・・



ベッドの上。

見慣れた天井。


目尻がしっとりと湿っていた。


またこの夢、か。


ひどく疲れた日には、

度々、この夢を見るんだ。



・・・・・・

・・・・・・


おじいちゃんの

「森で待っておるぞ」

の言葉で終わるこの夢を見た翌朝は、ぼくは決まって川へ出かける。


はぁ、はぁ。


やっぱり、外は息苦しいな。


川の周辺には建物が一切ない。


水龍之橋すいりゅうのはし」という

向こう岸へかかる橋が一本あるけれど、もうぼろぼろに朽ちてしまっている。


雰囲気が、おどろおどろしくて、街では「おばけ橋」だなんて呼ばれてる。


まあ、実際におばけなんて出るなんてことはあるはずがない。


そんな非科学的なものは、この世の中にあるはずがないじゃないか、馬鹿馬鹿しい。


ぼくは、そういうことは全く信じていない。



レストランに来たお客さんが昔教えてくれたんだけど、


かつて川の水が溢れ出たことがあったらしく、

それ以来立ち入ってはいけない場所になっているんだとか。


まあ、小さな子どもたちにとっては、「おばけ橋」だなんて名前をつけた方が

この場所には近寄らなくなるだろうからな。


はは、子どもたちにとっては分かりやすい名前がついてるってことか。


[この橋を渡るべからず]

ぼくは、橋の前にかろうじて立つ看板を見た。


「この橋を渡るべからず、か」


っつーか、こっちから願い下げだっての。


近寄ってはいけない場所というより、ここは、できれば近寄りたくない場所。


実際に来てみる分かるのは、

川の近くは、とてもじゃないが、人が住めるような場所じゃないってことだ。


水は、どす黒く、鼻がひん曲がるんじゃないかってくらい強烈なにおいがする。


流れも止まっているかのように、ゆっくりだ。


あぁ、気分が悪くなる。


この川の向こうにおじいちゃんは行った。


あれから15年。


あちらから帰ってきた人を、ぼくはまだ誰も知らない。



おばけ橋の向こう側はいつも深い霧で覆われている。


今にも吸い込まれてしまいそうな、真っ白さだ。



ふいに、ぞっと背筋に緊張感が走るのを感じた。


ぁー。そろそろ帰ろうかな。


今日の仕込みもあるしな。



その場から逃げるように背を向けたときだった・・・

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