第2章 大精霊を訪ねて

第9話 あのお方の逆鱗に触れるな

「そうと決まれば、さぁ、行くっすよ」


「え、行くってどこへ?」


意味がわからない。


え、今から?


助けてもらって感謝はしているけど。


ぼくは、今日は散々な目に遭った。


命を失うところだったんだぜ。


確かに、杜人になる決意は固めた。


でも、さすがに今日くらいは休ませてくれたっていいじゃないか。


「今日は、もう帰りたいんだけど・・・?」


「何を言ってるっすか!これからユウ殿を大精霊アカガシ様のもとへお連れするっす」


「アカ・・・ガシさま?」


「大精霊アカガシ様!!私たちの長(おさ)です。私たちは、大精霊アカガシ様の命を受けて旅をしていたの。ちゃんと大精霊をつけなさい!まったく恐れ多いんだから––––––」


イロハモミジが、先生っぽい口調で、すかさず訂正してきた。


彼女も礼儀には厳しい系かよ。


まあ、ぼくの方が、礼儀はなっていると思うけど。


怒鳴ることもねぇしな・・・。


疲労でもう思考もクタクタ。


投げやりになっている自分がわかる。


「アカガシだか、アオガシだか知らないけれど、とんでもないじいさんだろうなぁ」


あぁ、今日は帰りたい。


「ユウ殿!!くれぐれも、くれぐれも、ご無礼のないようにお願いするっすよ!!!」


エノキが肩を叩いて、真剣な表情で行ってきた。


「恐れ多くも大精霊アカガシ様は、この森の根源といえる存在。全ての木々や精霊を見守ってきたっす」


エノキの言葉を聞きながら、ぼくは心の中でため息をついた。


森の長とか、大精霊とか、何だかとんでもない存在の話をされても、正直なところ、ぼくはまだ実感が湧いてこない。


全くもって、科学的じゃぁないからな。


ぼくは、目に見えるものしか信じないタチでね。





昔、好きな映画があって、アミと一緒によく見た。


『名探偵シンリの事件簿』


名探偵の彼が次々に難事件を解決していくんだ。


頭脳明晰な彼の決めセリフ。


「道なき未知などない」


くぅー、かっこよかった!


たまんないね!!


だから、ぼくは、シンリのように目で見て確かめられるものしか信じられないんだ。


何かが起こったなら、それには必ず理由がある。


おばけとか妖精とか、目に見えないものに頼るなんて、馬鹿馬鹿しい。


いつもシンリの言葉が頭をよぎる。


「感情や迷信に惑わされるな。見えないのは見ようとしてないだけだ」


そんな名探偵シンリの姿勢が、ぼくの行動の基準になっている。


たとえどれだけ不思議なことが起きようと、必ず科学的な理由があるはずなんだ。



小さい頃、アミと街の路地裏で遊んでいたとき、空き缶が飛んできて頭をぶつけたことがあった。


「いってて。何すんだよー!」


って振り返ったけど誰もいなくて。


「ユウ、大丈夫?きっと妖精さんの仕業だよ」


「馬鹿馬鹿しい。妖精?そんなのあるはずがないだろ?ほら、上を見てみろよ、誰かがここに置いてって缶が落ちてきたんだよ」



アミはおとぎ話や妖精の話が大好きだったけど、ぼくは逆に、そんなふわふわした話には興味がない。


だから、目に見えるものが全て。


どんなに不思議なことが起こっても、その理由を解き明かしてやる、そう思ってきたんだ。


科学じゃ説明がつかないものなんて、この世にはないはずだからさ。





とはいえ・・・・・・だ。


今日の出来事は、自分の目で見てきた。


すべて現実だということだけは確かだ。


イロハ先生やエノキさんの言うことはにわかには信じがたいが・・・。


「でも、エノキさん。どうやってその、アカガシのじっちゃんのところへ行くんだい?ぼくは、見ての通りもうクタクタで、そんなに長くは歩けないぜ?」


エノキはにっこり笑い、指を一本立てて、ぼくの口の前で留めた。


「ユウ殿。頼むから、大精霊アカガシ様の逆鱗に触れることのないように頼むっすよ。大精霊アカガシ様は、森の全てを見通す千里眼のお方っす。自分らのこのやりとりもきっと、ご覧になっているっす」


はは、子ども騙しだろう。


シンリの言葉が脳裏に浮かぶ。


「感情や迷信に惑わされるな。見えないのは見ようとしてないだけだ」




エノキは続けた。


「この森には、木々の精霊たちが作り出す道があるっす。アカガシ様のところまで、森の力を借りて一気に進むっすよ!」


「精霊の道?また、なんか意味不明なことを。乗り物はないのかな、もう今日は動きたくない」


「さっきから、聞いていたら、無礼千万ね!ユウさん。そんなに言うんだったら、ここに置いていきますよ!!かずらたちの餌食になったらいいわ」


ほら、またすぐ怒鳴る・・・。


それに、かずらたちに襲われるのはもうこりごりだ。


「・・・わかりました、行きます。行けばいいんでしょ、行けば。でも、本当に疲れてるんだよ。無理はさせないでくださいね」


「もちろんっす!ユウ殿のペースで行くっすよ」


エノキが元気よく答えた。


イロハモミジはあきれ顔。


「まったく、だらしのない未来の杜人さんね」


そうして、ぼくたちは森の奥深くへと進んでいった。

疲れているとはいえ、何か新しいことが起こる予感に、ぼくの心は少しだけ軽くなっていくのを感じた。




だが、その時だった。


ヒュュュュュュオオオオオ


足元の枯れ葉がざわめくような音を立て、突然、冷たい風が吹き始めた。


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