第8話 杜人

ぼくが、この森を… 森と心を通わせることができる人間。


昔、おじいちゃんがぼくに話してくれた記憶の中から、ふとこの言葉が浮かんできた。


「もり…びと」


イロハモミジとエノキは互いに目を合わせ、驚きの色を浮かべていた。


「杜人!杜人殿を知っているっすか!?」


「君、どこでその『杜人』という名を?」


二人の反応に驚きつつも、ぼくは自分の頭の中に浮かんだ言葉を口にした。


「杜人...それは、おじいちゃんがよく話していた名前なんです。おじいちゃんが言ってたんです、杜人の末裔だって。でも、あれはただの昔話だと思っていて…」


口に出してみたものの、杜人が何かなんて、ぼくにはさっぱりわからない。


けれど、二人の表情は一変し、ぼくの言葉に深い意味があると感じているようだった。


イロハモミジがそっとぼくの肩に手を置き、その優しい目でじっと見つめながら言った。


「君のおじいさんは、本当に杜人だったのね?杜人は森と共に生き、森を守る者たちだったわ。でも、長い年月が経ち、人々は森を忘れ、杜人も姿を消してしまった。今となっては、この森の世界でも伝説上の存在となっているわ」



おじいちゃんが伝説の存在?…まさか、信じられない。


エノキがぼくの方に身を乗り出し、低い声で続けた。


「杜人は、森の声を聞き、森の怒りを鎮めることができる唯一の存在っす。自分らは、杜人を探して旅をしていたっす。おぬしユウ殿がその末裔であるならば、この森を救う力がおぬしにはあるってことっす」


そんなこと言われても、ぼくにできるとは思えないよ。


おじいちゃんが杜人だったかもしれないってのも驚きだけど、それがぼくに何の関係があるって言うんだ?


「でも、ぼくにはそんな力があるとは思えません。おじいちゃんの話を聞いていただけで、何も知らないんです。」


イロハモミジは優しい笑顔を浮かべた。


「森と心を通わせることは、知識や技術じゃないの。心の中から生まれるものよ。君の心には、その力が宿っているわ」


ぼくの・・・心・・・。


でも、恐い。


さっきだって、ぼくは命を危うく落としそうになったんだ。


自分が本当にその役割を果たせるのか?


森を救えるのか?


エノキが真剣な眼差しで続けた。


「今こそ、その力を目覚めさせる時っす。ユウ殿が杜人の末裔であるならば、この森の未来はユウ殿、おぬしの手にかかっているっす」


その言葉が、ぼくの心に深く響いた。


おじいちゃんの言葉、そしてイロハモミジとエノキの真剣さが、ぼくの中に眠っていた何かを呼び覚ましている気がする。


ぼくが、杜人・・・。


もしかしたら本当に…ぼくにできることがあるのかもしれない。


「私たちと一緒に来て」


イロハモミジの表情には、大罪と言われたことの不機嫌さはすっかり消えていた。


おじいちゃん。


一体、おじいちゃんは、この森でどんな景色を見ていたの?


おじいちゃんが、ぼくを残してまで森に旅立ったってことは、

よっぽどのことがこの森で起こっているってことだよね。





深く息を吸い込み、ぼくは決意を固めた。





「わかったよ。ぼくに務まるか分からないけど、できることをやってみる。この森を守るために」


イロハモミジとエノキは満足そうに微笑み、互いに頷き合った。


森には、静かな風が吹き抜け、木々がささやくように揺れた。


それは、森がぼくの決意を受け入れた証のように感じられた。

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