第29話 味の情景

口の中に景色があるとするならば、

目まぐるしくそれが巡っていくようだ。


今日一日で旅をしてきた風景が、

味となって現れる。


冷たい、森。


温かい、光。


心地よい、風。


照りつける、太陽。


清らかな、川。


「月光茸のスープでございます。月の光を浴びてエネルギーを蓄え、新月の時にのみその姿を表す幻のきのこでございます」


「き、きのこ?きのこってなんだ?イロハ先生」


「ユウには、森のこと、ひとつひとつイロハから伝えていかなきゃね。これも、一人前の杜人への道ね。きのこは、私たち樹木と共存している食材なの。きのこは、木の子どもという意味。だから、わたしたち樹木にとっては、とってもかわいい存在なのよ。私たち樹木の身体に住み着いて栄養を吸収するのよ。けれど、私も月光茸ははじめて」


「へぇ、子育てみたいだ」


「まぁ、そんなところっす」


エノキさんが割り込んできた。


「きのこのことは、自分にも語らせてほしいっす!きのこちゃん、あぁ、きのこちゃん!自分の名前は、エノキと言うっす。自分らに生えてきたきのこは『エノキダケ』という、細くて白いきのこっす!人間たちも、おいしいおいしいって、よく食べているっすよ!」


「え!?人間たちが食べているって!?いや、エノキさん。ぼくたちは、そういうのは決して食べない。ぼくたちは、ザックスを食べているんだから」


「ユウ様、その、先ほどから度々お話される『ザックス』っていうのは一体なんなのでしょうか。もしよろしければ、私めにお話をいただけませんか?」


ヨコグラ伯爵が、食い気味に尋ねてきた。


「ザックス。というのは、この世界で唯一の食材なんだ・・・。と今日、この時が来るまでぼくは思っていた。ぼくたち、西京の人間は、このザックスを自分好みに味付けをして普段食べているんだ。ぼくは、このザックスを使った料理のレストランを経営してね」


「ふむ。ザックス。これは、興味深いです。いつか私めも、いただきたいものです。それにしても、ザックス一種類の食材で、どうやって味を自分好みにするのでしょう?」


「水の温度で変わるんだ。冷たい水と混ぜれば甘くなり、温かい水を混ぜれば辛くなる。ただ、それだけのこと」


「さすがです。ユウ様。レストランを経営されるご知見でしょうか。ご説明がわかりやすいです」


ヨコグラ伯爵はにっこりと微笑みかけた。


「ということは、ユウ様。失礼を承知でお尋ね申し上げます。西京のみなさまは、甘いと辛いの2種類の味しか知らないということなのでしょうか」


「そう言われてみれば、そうかもしれない。ぼくは、それを絶妙なバランスでやってのける。だから、甘さの中に辛さを、辛さの中に甘さを表現することができる。こう見えて、お店は繁盛しているんだ。連日お客さんがいっぱい・・・」


「ユウ様の秘伝というわけですね」


「ちょっと待ってユウ。ってことは、あんた、さっきの『天の川ソーダ』に入っていたレモンを初めて見ただけでなくて、『すっぱい』って味すらも、今日はじめて味わったってことなの?」


イロハ先生からの横槍。

それにしても、あんたって。


「ああ。初めてのことばかりだよ、今日は」


「ヨコグラ殿。味を2種類しか知らない民たちのこと。これは、もしかして・・・」


「はい。私めの仮説ではございますが、森に動物が珍しくなってしまったことの異変と、何か関係があるのかもしれません」


「異変とザックスが関係しているっていうのか!?」


「いえ、まだほんの仮説にすぎません。憶測で物を言うのは、あまりいいことではありません。この件は、一旦私めにお任せください。なあに、この宿にはたくさんのお客様がいらっしゃるので、情報はよくまわってくるのですよ。それよりも、大精霊アカガシ様より、ユウ様御一行を厚くおもてなしをするよう、仰せつかっております。お料理が冷めないうちに、どうぞお召し上がりくださいませ」

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