第31話 弟子入りさせてください
ガツガツ
ガツガツ
あっと言う間に、たいらげてしまった。
はぁ
はぁ
あまりにもの感動に、感情が追いついていかない。
「続きまして、『霜夜鹿のグリル』星草ソースを添えて。にございます」
「これもまた、動物をいただくってこと?」
「はい、ユウ様。左様でございます。ルミナがたっぷりです。かつて、人は、動物を自分たちが食べるために飼い慣らしていたと言います。その中で、人は、生き物たちの持つルミナをどうにかして衰えさせないような工夫をしていたのだそうです。家族同然として、動物たちを扱い、広い場所で自由にさせたり、新鮮な食事を与えたりしていたそうです」
「うーーーん。想像がつかない。今となっては、西京で動物を見ることもまずないからなぁ」
「そうですか。西京でも動物は珍しいものとなってしまったのですね」
「だとすれば、この霜夜鹿は、大変貴重な食材であることになります。食材であって、食材ではないのです。この霜夜鹿は、森の中に棲む野生の鹿です。ですから、生命の輝きが大変豊富なのです。そして、この霜夜鹿もまた、私たち精霊にはできない森の役割をもって、ルミナの循環を果たしているのです」
「役割。それは、自分を食べてもらうってことじゃないってこと?」
「そうです。この鹿一頭一頭にも家族がいるのです。仲間がいるのです。みんなで森が健康でいられるための役割を何か果たしているのです。その役割については、ユウ様。あなたがきっとこれからの旅で見つけていくことでしょう」
「ヨコグラ伯爵、ありがとう。いただきます」
霜夜鹿のグリルは、噛めば噛むほど、
力がわいてくるようだった。
涙が出てくる。
ルミナの巡りを感じて。
ぼくは、心に決めたことがある。
しばらく、ヨコグラ伯爵のそばで教えを教えを請う。
ぼくは、「おいしい」を西京の人たちに届けたいと思って、ザックスレストランを開いたんだ。
もう長いこと、工夫に工夫を重ねてやってきた。
食べてくれる人たちはたくさんいる。
「なんかいい」という感想はいただいている。
でも、「おいしい」という言葉はいまだ一度ももらったことがない。
いや、西京の中で失われてしまった言葉なのかもしれない。
味の持つ感動に気がついてしまったぼくが、なんとか伝えていかなきゃならない。
そんな使命感さえするんだ。
そうか、おじいちゃんが言ってた「役割」だとか「使命」だとか。
ぼくのやるべきことは、これなのかもしれない。
「ヨコグラ伯爵。お願いがあります。ぼくを・・・ぼくを、ヨコグラ伯爵の弟子にしていただけませんか」
それを聞いて、イロハモミジとエノキが急に制止してきた。
「ちょっと、待ちなさいよ、ユウ!杜人の務めはどうなったの!?」
「そうっすよ、ユウ殿。一人前の杜人になるための修行中っすよ。自分らはこれからも旅を続けていかなきゃならないっす。それに、ユウ殿がヨコグラ殿のおそばにいるのであれば・・・自分も・・・」
「ちょっと、エノキさんまで、何言ってるのよ。森が今、大変なことになっているんだから!ヨコグラさんも、そう思うでしょ?」
「イロハモミジ様。ありがとうございます。そして、ユウ様やエノキ様もお気持ちも大変嬉しく思います」
支配人は深々とお辞儀をして向き直った。
「ユウ様。私めに、何かお伝えできることはあるでしょうか。こと、料理となりますと、私めにお役に立てることはほとんどないかと思うのです。そもそも、料理という文化は、人間界のものです。火を自在に操ることができるようになった人間たちが、自分たちの暮らしの中で根付かせたもの、それが料理です。自然界で火は滅多に見ることができません。料理の見識で言えば、ユウ様の方が圧倒的に深いと思うのです」
「でも、ヨコグラ伯爵。今晩のお料理は、ぼくにこれまでにない衝撃を与えてくれました。ぼくは、この喜びを一人でも多くの人に届けたい。もし、ぼくに伝えることがないというならば、ヨコグラ伯爵の料理のしているところを、一日だけでも見せてはいただけないでしょうか」
「そうですね・・・。私めは、大精霊アカガシ様より、格別のおもてなしをさせていただくようご依頼を承っております。もちろん、旅を遅らせるようなことはしてはならないと承知しておりますので」
ヨコグラノキは考えながら、話はじめた。
「では、こうしましょう。体力もまだ万全ではないと思うので、もうご一泊してはいかれませんか?ユウ様は、その間、私めの食事の準備をご覧いただく。それで、この先の旅でお召し上がりいただけるような食材もご用意いたしますので。ユウ様がいつでもそれをご自分で用意できるようにしていただく。そうすれば、きっとお客様方のお力に私もなれると思うのです。いかがでしょうか?」
「え!ここにもう一泊できるの!?きゃあああ、嬉しい、幸せ」
おいおいおい、イロハ先生、旅がどうとか、杜人がどうとか言ってなかったか?
「ヨコグラ殿のおそばに、自分もいられるのであれば!」
エノキさんは、なんか、もうよくわからない。
でも、よかった!
「はい!お願いします!!ヨコグラ師匠」
ヨコグラノキはにこっと微笑んだ。
「ふふ。師匠だなんて、くすぐったいです。でも、久々ににぎやかな一日となりそうです。こちらこそ感謝します。さあ、そうと決まれば、残りのお食事も心ゆくまでお楽しみください」
「ぃやったー!!」
ぼくたちは、喜んで残りの食事をいただいた。
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