第20話 怪異の牙、ユウの決断
「こんな巨木、どうやって登れっていうんだよ」
エノキが僕に脇差を差し出しながら、真剣な眼差しで言った。
「ユウ殿、これを。この試練はおぬしだけが乗り越えられるものっす。アカガシ様を救うために、自分を信じて進むっす。」
僕はエノキから脇差を受け取った。
「万一のときは、これで自分の身を守れってこと?」
「そうっす」
意を決して登り始めた。
心の中では不安と恐怖が渦巻いていたが、イロハモミジの励ましの言葉が胸に響いた。
「ユウ、大丈夫。あなたならきっとできる。心を強く持って。」
ぼくは彼らの言葉に支えられながら、アカガシの幹に手をかけた。
幹に触れると、冷たくて硬い感触が伝わってくる。
樹皮の裂け目に手を引っ掛けたり、枝を足場にしながら、慎重に登っていく。
「くっ、のぼりにくいな」
「ユウ殿ぉー!大精霊アカガシ様は、怪異によってかなりの傷を負っていると思われるっすー。はがれやすくなっている樹皮や折れやすくなっている枝にはじゅうぶん––––––」
バキっ!
「うわっ!!!!!」
「ユウ、大丈夫ー?」
「言ってるそばからっす・・・」
ぼくは、なんとか左手で幹の近くをつかんで身体を保持した。
はぁ、はぁ。
ドッドッドッドッ。
自分の心臓の音が聞こえる。
「大丈夫だーーーーー」
下で待っている2人もほっと胸をなでおろしているようだ。
「ユウーーー!大精霊アカガシ様は、樹木の中でも堅く強靭な御身体を持つことで有名。その御身体が損傷されているのは、かなりのダメージを受けているってことね。くれぐれも、気をつけてーーーー!」
下からイロハ先生の声まで聞こえる。
風が強く、体が揺れるたびに足元が不安定になるが、歯を食いしばって進み続けた。
半分ほど登ったところで、僕は異変に気づいた。
「イロハせんせーーー!!エノキさーーーーん!!!」
「どうしたっすかーーーーー、ユウ殿ぉぉおおお!」
「このあたりが怪しいですーーーーー!葉っぱがぁぁぁ!葉っぱの形がぁぁぁぁ!」
白く変色した葉っぱが変形している。
「これは、一体・・・」
「ユウ殿ぉぉぉぉぉー!!怪異に気をつけるっすーーーーーー!」
「うげっ!葉っぱから何か出てる!」
近くでよく見ると、葉っぱにはニョロニョロとした生き物のようなものが出ている。
とてもこの世のものとは思えない姿だ。
うわ!
その怪異が突然、僕を目掛けて白い粉を吹き上げてきた。
視界は、突然真っ白になった。
くっ、目も開けることが難しい。
呼吸もしづらい・・・
白のニョロニョロは、その長い胴体を振り回し、
侵入者であるぼくを払い落とそうとしてきた。
ブオン
ブオン
今日ほど、何かに襲われた日はないぜ。
僕は必死に急襲を交わしつつ、必死に幹をつかんだ。
どうすればいいのかわからずに困惑していた。
この前の黒い”ヤツら”のときのように、
よく観察をすれば突破口がひらめくかもしれない・・・。
でも、今は目を開くことすら叶わない。
「どうしよう…この怪異をどうやって追い払えばいいんだ…」
その時、
「・・・ぞう」
何かが聞こえた。
「おい、小僧、ワシの声を聞かんか」
「ん、アカガシのじっちゃんか」
「声を出さずともよい。小僧が、ワシに触れているならばお互いの声は聞こえる。それが、ワシら森の精霊と杜人であるお主らの間に交わされた盟約じゃ」
「あぁ?盟約?何をごちゃごちゃと、こんなときに!」
でも、声を出さないでいられるのはありがたい。
呼吸をするのも一苦労だからな。
やってみるか。
目を閉じて、念じた。
「アカガシのじっちゃん、聞こえるか?」
「我を切れ」
「あぁ?!」
「我を伐れと、そう言ったのじゃ」
僕の胸が一瞬、凍りついた。
頭の中が混乱し、手が震え始める。
西京では、樹木を傷つける行為は重罪なんだ。
全ての樹木が貴重で、大切に管理されていた。
なのに、アカガシのじっちゃん・・・
「伐るなんて…そんなこと…でも…」
目の前には怪異の攻撃が迫ってくる。
ブオン
ブオン
やるのか?
いいのか、本当に。
これで、ぼくは西京に帰ったらおたずねものだ。
木に登って、切り落とすなんてさぁぁぁぁぁあ!
脇差を握りしめた。
心の中で何度も自分に問いかけたいけど、
そんな猶予は残されてはいないようだ。
「ごめんなさい…!」
僕は心の中で叫びながら、脇差を振り上げ、怪異の巣食う葉っぱのついた枝を切り落とそうとした。
ガっ!!
「くっ、か、かたい」
枝に脇差が喰い込んだ!
あ、危ない!
ブオン
怪異の攻撃。
風切り音が、耳に届く。
うわあ!!
「ユウ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」
「ユウぅぅぅぅううううううううう!」
振り落とされそうになったが、なんとか枝に刺した脇差につかまって、一命をとりとめた。
ぶらん
ぶらん
下を見る。
遥か下に、イロハ先生とエノキさんの2人の影が見える。
ははっ。
このまま落ちたら、ひとたまりもねーや、な。
イロハ先生のさっきの言葉が思い出される。
[大精霊アカガシ様は、樹木の中でも堅く強靭な御身体を持つことで有名]
「ったく、情けないのぉ」
「アカガシのじっちゃんか!情けないのはどっちだよ、怪異なんかにやられやがって」
ぼくは、そう言いながら、なんとか這い上がって、幹にしがみついた。
「これだから、小僧はなぁ。いいか、小僧。伐るときには、力はいらんのじゃ。小僧はさっき、罪悪の念を込めて伐りにいったな。いいか、小僧。杜人の一太刀は、『風の一太刀』じゃ。それは、相手を活かすための一手なのじゃ。氣を込めよ。念いを込めよ」
「氣・・だとか、念いだとか・・・。また、非科学的なことを言いやがって、どいつもこいつも・・・やぁ!」
枝に喰い込んでいた脇差が抜けた!
「ったく、今日はとんでもない一日だ・・・やらなきゃ、やられる」
白いニョロニョロ怪異が、攻撃体制に入った。
来る。
集中。
これまで味わったことのない、静寂。
鼓動。
自分の中の温かさ。
これが、氣・・・なのか。
もうひとつ大きな氣。
赤い。
これが、アカガシのじっちゃん・・・。
アカガシのじっちゃんの氣が、
何者かに喰われている。
怪異、怪異か!
ふぅーーーー。
息を吐いた。
目をつむっているのに、見える。
見えるぞ!
怪異の魔の手とアカガシのじっちゃんの氣。
そのはざまが!
「ここーーーーーぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
サクっ。
スパっ!!!
嘘だろ。
さっき、あんなにかたかったのに、こんなにもあっさりと刃物が通ってしまうなんて。
でも、何かを伐ったような、確かな感覚。
「手応えありぃぃぃぃぃいっ!」
グギャアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
白いニョロニョロ怪異は、切り落とされた枝葉とともに、空中に舞い上がり、けたたましい断末魔をあげ、灰となって消えていった。
シュゥゥゥゥウウウ。
ピャーーーーーーーーーーーー
切り口が輝き始める。
まるで、それは、命の輝き。
光が、アカガシの幹、枝、葉っぱ全体へ広がっていく。
コォォォォオオオオオ!
その光は、何者かを跳ね返すかのようにアカガシの全身に行き渡り・・・
パァァァァーーーーーン!
自分の身に降り掛かっている粉がはじけとばした!
長い間苦しんでいたアカガシの痛みが解放されるかのように見えた。
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