第43話 チェックアウト
ぼくとヨコグラ師匠は、エノキさんにしたように、この真っ黒な女の子に星水の手当を施した。
かはっ。かはっ!
高い声の咳。
かはっ、かはっ!
怪異は・・・もう出てこないようだ。
「最初に、ヒノキ様とアスナロ様が焼いた怪異が、このお客様の中に入りこんでいた全てだったのかもしれません」
「だとしたら、この子、相当な量の怪異を飲み込んでいたことになるわね」
「はっはっは。本当に精霊の子じゃったか」
ヒノキは、感心した様子で手をたたいた。
星水が効いているのだろう。
黒い斑点がひいてくるとともに、
そこには、白い肌をした少女の姿が現れた。
足には、白い包帯を巻いている。
「ここへたどり着くまでにもたくさんケガをしてきたのかしら」
イロハ先生は、この状況でも冷静に観察をする。
「君!ねぇ、君!!聞こえるかぃ?」
ぼくは、少女に話しかけた。
返事は・・・ない。
「ヨコグラ師匠。この子は・・・もう」
「・・・いえ。ユウ様。このお客様の中には、かすかにルミナが残っています。でも、そのルミナも今にも消えてしまいそうな灯火。事態は一刻を争います」
「よかった」
「ねえ、ヨコグラさん。星水である程度の手当はできるとしても、やっぱり完全回復まではいかないものなの?」
「イロハ様。そうですね。一度折れてしまった枝は、接ぎ木で治したとしても、完全に修復することは至難の業です。同じように、すでに、修復不可能なくらい壊れてしまった細胞は、たとえ星水であっても・・・」
「じゃあ、この子も、そしてエノキさんも、このままでは・・・」
「はい、二人とも非常に深刻な状態でございます」
「じゃあ、一体どうすれば・・・」
「なんじゃ?そんなことか。なら、アイツならなんとかしてくれるやもしれんのぉ」
「ア、アイツ?アイツって誰なんだ?ヒノキング!」
「誰が、ヒノキングじゃ!ユウとか言ったか?妾をそんな風に呼ぶとは、根性は認める・・・」
少し考え込んで、こう続けた。
「キングか。妾は、神そのもの。王より尊い存在なのじゃ。ヒノキ様と呼ぶのじゃ!」
「はぁ、アカガシのじっちゃんといい、ヒノキングといい、かたっ苦しいなぁ」
「えええぃ!アカガシと一緒にするでない」
ヒノキは続けた。
「まあ、気難しいやつじゃがな。昔、ちょっとな。腕利きの医者っていえば聞こえはいいがなぁ。なんせ、風変わりで。辺鄙なところに今は隠居生活をしていたはずじゃ」
「そうか!ヒノキング!なら、一刻もはやくその医者を!」
「おい、またヒノキングと・・・!!」
「待ってください!」
「なんじゃ、支配人。そなたも妾をヒノキングと・・・」
「失礼いたします。もしかして、そのお医者様というのは・・・あの」
「ほう、アイツを知っているのか支配人よ」
「はい、こうして宿をやっていると、たくさんのお話をうかがうことがございます。以前、お客様から聞いたことがあります。この森の中のとある館には、神通力を持った風変わりな僧侶が住んでいる・・・と」
「神通力?」
「ユウ。神通力っていうのはね、仏様や菩薩様っていう、人智を超えた存在の持つ力よ」
「イロハとか言ったか?そなたも、聞き及んだことはあったか」
「なによ!呼び捨てなんかして、馴れ馴れしい」
ぼくは、見逃さなかった。
イロハ先生がちょっとはにかんだような表情をしたのを。
「アイツの名は、破戒層シキミ。アイツをこう呼ぶものもおる。闇医者」
「闇医者・・・」
ぼくは、ゴクリと飲み込んだ。
「アイツの神通力は、不可能を可能する。もしアイツの力を借りることができるとしたらばじゃ、エノキも、そしてその少女も完全復活をしてしまうかもしれんのぉ」
「そうしたら、きっとこの女の子からも、話を聞き出せるかもしれない」
ぼくは、続けた。
「ヒノキン・・・!じゃなかった、ヒノキ様、案内してくれよ!お医者様を呼びに行こう」
「いやぁ、しかしのぉ。アイツはほんとに気難しいからの。妾は、思い通りにならないやつと、不敬なやつは苦手じゃ」
「・・・。・・・ヒ・・・ノキ・・・殿な・・ら・・。容易・・いこと・・・すよね」
エノキは、残った力をふりしぼって言った。
ヒノキは、一瞬考え込んだ。
「よし、わかった。妾が、案内して信ぜよう。ただし、条件がある・・・」
ヒノキはためて・・・、こう言い放った。
「アスナロ!そなたは、留守番じゃ!」
「お、お師匠様ぁぁぁぁあ!なんで」
「アスナロは、ここの宿を守るのじゃ。そなたなら、ここを任せられる」
「はいぃぃいい!お師匠様、このアスナロ、命に代えても、この宿と皆様をお守りしますぅぅぅぅうう!」
「アスナロ様、よろしくお願いいたします。私めも、エノキ様やこちらの女性のお客様のお世話をさせていただきます」
「ユウとイロハは、妾と一緒に来るのじゃ」
「はぁ!?私がなんであんたと!?」
「妾は、最高神そのものなのじゃ。付き人が必要であろう?」
「誰が、付き人よ、誰が!!」
「イロハ先生、エノキさんのためですよ。まだ、お風呂のこと根に持っているんですか?」
「あぁ、もう!」
「決まりじゃな」
「あ、勝手に!!」
「ユウ様。お料理の修行が途中でございました。お荷物にはなりますが、今朝のお米でつくったおむすびを準備させていただきます。それから、この手記を・・・」
「これは?」
「はい。この手記は、この森で私めが調べてきた食材の書かれたノートでございます。食事づくりはまずは、食材探しから始まります。この本を紐解きながら、ユウ様ご自身で食材を試してみてください」
「ヨコグラ師匠、ありがとう。こんな大切なもの。また、必ず返すよ」
「はい!必ず。ご無事で戻っていらしてください。星のご加護がありますように」
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