第11話 追憶-スギの憤怒-

森の中。


幼い兄妹が2人。


スギの苗に語りかけている。




「ハヤテ兄、とってもいい香りのする木だね!」


「あぁ、スギって癒されるよなぁ。なぁ、ハルネ、知ってるか?スギってな、真っ直ぐ進むように天に向かって伸びていく木だから、スギっていうんだぜ」


「すごいね、ハヤテ兄!どれくらいで、大きくなるの?」


「そうだなぁ、40年もすれば家の柱になるくらいには成長するかな。もちろん、スギは、もっともっと長生きする木なんだけどな」


「ははは!40年かぁ。あたしたち、もう立派な大人だね!そんときには、このいい香りのするスギの柱のお家に住めるんだね!楽しみだなぁ。スギさん、大きくなってね」


「しっかりお世話をしていくんだぞ」


「うん!」



兄妹は、健気に世話をしにやってきた。



「なぁ、人間も伸びすぎた髪の毛は、切るだろう?樹木も同じでな、伸びすぎたところとか、窮屈そうなところを切ってやるんだよ」


「へぇー!ハヤテ兄さま、スギさんにも床屋さんが必要なんねー」


兄は、スギに梯子をかけ、枝を落としていった。


「こうするとな、スギ自身も気持ちがいいし、きれいな木材になってくんだ」


すっきりとした樹形。


風に揺れるスギの葉は、なんとも心地良さそうだ。



そこには、光が差し込み、新たな植物たちが芽吹いた。


スギは幸せだった。


周囲には、たくさんの植物の仲間ができた。


仲間がいるっていうのは、寂しくない。




スギは、すくすく育った。


雨や大風のときはちょっと大変だったけど、

そんな日はスギがみんなを守っていた。


兄妹が来てくれると、スギは大変嬉しかった。


もし、自分が伐採されても、自分は家の柱になって、

この兄妹の将来をずっと見守っていくのだろう・・・





足繁く世話に来てくれていた兄妹も、スギと同じようにすくすくと立派な青年になった。


10年。


20年。


30年。


40年。




しかし、やがて、スギの前に姿を見せることはなくなっていった。


もう枝は伸び放題。


光が当たらなくなった地面の植物たちは、元気を失っていった。


ごめん。


ごめんね。


あの兄妹が来るまでのもうちょっとの辛抱だから。



スギは、みんなに謝った。


でも、どうすることもできない。




・・・

・・・



あるとき、街の方からたくさんの人がやってきた。


あ、やっと来てくれたのかな。


でも、なんだか、様子がおかしい。


押し寄せてきた人たちはみんな、

ゴーグルをつけ、口と鼻を覆い隠すように布を巻いていた。


ドドドドドドドっ!


大きな見たこともないような機械も入ってきた。


「スギをぉぉぉぉぉぉぉ、根絶やしにしろぉぉぉぉぉおーーーー」


「邪魔な木や草はどんどん蹴散らしてかまわん!どうせすぐ生えてくる!!スギを伐り倒せぇぇぇぇぇええーー」


森が踏みつけられていく。


あぁ、


ぁぁ。


「みなのものぉぉ!スギを徹底的に管理すればぁぁぁぁ、花粉症でもう苦しむことはなくなるんだぁぁぁ!家族のためにぃぃぃ、スギを一本残らず、伐り倒せぇぇぇぇーーーー!小さい木も大きい木もみんなみんな伐っててしまえぇぇぇぇぇえ!」


スギの、

自分の一族が伐り倒されていく。


ドーン、ドシーン!


や、やめて。


な、なんで。


あ、あの子は!!


ハヤテ。


すっかり、大人になった兄が駆け寄ってきた。


彼もまた、同じように、マスクと布で顔を覆っていた。


「スギ!スギ、ごめんな。こんなことになって。今、街では、みんなが困っていて。妹も、ハルネも––––––だから、君を伐らなければならなくなった」


たくさんの人間が自分のもとに押し寄せてきた。


手には斧や、けたたましい音を放つ刃物を持っている。


自分に対して、身に覚えがない、なんとも烈しい憎悪が向けられている。


いたい。


イタイ。


ズキン。


ズキン。


心が・・・痛い・・・。



「こいつぁ、デカいな。みんなで、一斉に取り掛かろう。位置につけぇぇぇぇ!」


ウィィィィィイイイーーーーン!


刃が高速で回る。


「スギー!ごめん!!」


ハヤテが、刃をふりかざしたそのとき、


「や、やめてぇぇぇぇえええ!!!」


そのスギの木が、輝きはじめた。


目が眩むほどの光に包まれて現れたのは、

一人の少女だった。


「スギの娘。あのコだ!!」


ぼくは、思わず叫んだ。


ずいぶんと長いこと映像を見ていた。


ぼくの胸は、苦しくなった。


そうか、こうして、彼女はスギの化身となって、精霊と化したのか––––––。



「なんだ、あいつはぁぁ!!!スギ狩りを邪魔する者はぁぁぁ、誰であっても容赦はせぇぇん!取り押さえろぉぉぉぉおーー」


ワァァァァァーーーーーー!

ドドドドドドドドドド



「ニンゲンナンテ、ニンゲンナンテエエエエエエエェェェェェェエエエ!」


スギは、手に持っていたムチを振り回した。


無我夢中で。


ビュオン!

ドゴン!


ビュオン!

ドゴン!


「ひぇ!」


「うぉ!」


「地面に、地面に穴ぼこが!!!」


「あの怪力は、バケモンだぁぁぁ!!」


「あぁ、森のおばけにちがいない!!」


「ニンゲン!ココカラタチサレ!ソシテ、2ドトクルナァァァァァ!!!!!!」


スギ狩りの連中は次々に、退散していった。


「逃げろ!ここから離れろーーーー」


「ニンゲンナンテ!ニンゲンナンテ、キライダーーーーーーーーーッ」

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