第4話 森の洗礼

バサンっ。

ぼくは、向こう岸の地面をなんとかつかんだ。

仰向けになって、天を仰いだ。


はぁ、はぁ。


はは、

ははは、

なんとか、なんとか助かった。


起き上がってみると、「水龍之橋」はすっかり崩れ果ててしまっていた。


にしても、おばけ橋ってのは、

よく言ったもんだったな。


帰り道・・・。


ふぅ。


深く息を吐いた。


帰れない・・・か。


進むしかない。



目の前に立ちはだかるのは、不気味な霧の壁。


見えない。


目を開けていても、瞑っていても、何も見えない。


このまま進んでもいいのか、不安しかない。


でも、あの少女の言葉が脳裏にこびりついて離れない。


[森に・・・来て。私たちの声を、聴いて。でも・・・]



覚悟を決め、一歩を踏み出した。



サクっ、サクっ。


一歩踏み締めるごとに、小気味良い音がした。


足の裏に感じたことのない感触がある。


どこかふわっとしていて、これもまた、心地よい。



霧の中は思っていた以上に冷たく、湿り気が肌にまとわりついてくる。


視界はほとんどゼロ。


足元を確かめるように慎重に進んでいく。


さわさわっ。

膝のあたりに何かが触る。


ん?


「これは、まさか、草・・・なのか?」


急に、背筋がぞっとしてきた。


「ぼくは、今、草を踏んでいる。これは、なんて罪なことをしているんだ。大罪じゃないか。あぁ、なんてことを!!」



でも、今は進むしかない。


できるだけ、草は踏みたくはない。


そっと、つま先で進む。



っと、


突然、硬いものにぶつかった。




「うわっ!」


尻餅。


「ッテテて。いったいなぁ」



痛む尻を抑えながら、何にぶつかったのかを確かめるため手探りで前方をさぐる。


そこにあったのは、ざらついた、しっかりとした質感・・・


も、もしかして、これは・・・



だんだん、目が慣れてくると、


その姿があらわとなってきた。



「木・・・? 本当に木なのか・・・?まさか、こんな近くで––––––」



あまりにもの衝撃に思わずつぶやいたが、次の瞬間、耳をつんざくような音が響き渡った。




ミシっ。


バリっ、バリバリバリ。




木が、倒れてくる。


「あぁぁああ、まじかよ!」


反射的に叫び、ユウはその場から横に飛びのいた。


ズシーーーーーン!


重い音を立てて木が地面に激突。


震える大地を感じながら、ユウは荒い息を吐き出した。




「ハァ、ハァ。なんだってんだ・・・」


心臓がまだ早鐘のように打っている。


しかし、息を整える暇もなく。


倒れた木の枝から、伸びたロープのようなものが、まるで生きているかのようにこっちに向かって伸びてくる。


「今度はなんだよ。なんだってんだよ」


慌てて向きをかえ、立ち上がるよりも先に、駆け出した。


ハァ、ハァ。


今は、見えなくても、とにかく、


進むしかない。


真っ白な世界の中を、走り切るしかない。


シャーーーーっ、シュロロロロロ。


ロープのようなものに、足首をつかまれた!


「うぅぅおぉぉっ」


身体が引きづられる。引っ張られる。


くっ、何か、何かをつかまないと!


ガシィっ!


岩だ、岩をつかんだ!


それでも、ロープのようなそれは、ぼくをつかんで離さない。



うぅ、引っ張られる・・・



ぐぬぬぎっ!



自分の体が、引っ張られ、宙に浮き始める。



「っざけんなよ、ふざけちらせ。なんでこんなことに・・・!」


恐怖と焦りで叫びながら、脚をバタつかせ、必死にそのロープのようなものを振りほどこうとした。


「あっちいけよっ」


しかし、それはますます脚に絡みつき、逃がすまじ!とでも言うかのように力強く締め付けてくる。



「はな、れろ・・・よ!」


必死でもがき、脚で引っ張り、ちぎろうとする。


っくっ、ダメか。




あの声が聞こえた。


「人間、嫌い。人間なんて、大嫌い」



あの少女の声だ。



「ねえ!君!君なのか??!!もしそばにいるんだったら、助けてくれよ」



「いや!人間なんて大嫌い。そうやって、苦しめばいい!!」



「ぼくは、君を傷つけやしない。頼むよ」


「私。私の森が・・・どうしよう。でも、人間なんて・・・」


「言ってる場合かよ!君、君には助けたい人がいるんだろ?君の森が大変なんだろ?」


「私の・・・私たちの森が・・・いやーーーーーーーーっ」


ぼくはロープのようなものに胴体までもしめつけられ、”それ”は、もう首元まで上がってきそうだ。


ゔっ、もう。もう、だめなのか。


「だ・・・だずげ・・・で」



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