第22話 テストも嫌だ!
「期末テストの準備ってどんな感じー?」
昼時、いつものように皆で弁当を食べていると、レーカちゃんがギャルとは思えない話題を出してきた。
「まぁぼちぼちかな」
寝耳に水だった。テスト?そういえば7月ももう終わる。最近はそろそろ夏休みだからと言ってオールして観る映画を考えているだけの日々だった。
テストのことなど何一つ考えていなかった。
「
「だ、大丈夫や!余裕やで!」
なぜか関西弁が出た。住んだこともないのに......
「ブフッ!」
「テストっていつから?」
おれは大真面目にそう聞いた。
「マジかよ
「あまりにも意識が低いよ市野くん......」
ドン引きする2人。こいつら勉強とかするのかよ。少しイラついた。
「質問はテストがいつなのかだ。綾ちゃんも
「この前、現代文の授業で寝てたじゃん」
舞愛ちゃんの鋭い指摘は無視する。おれは都合の悪いことは一切耳に入らないのである。
「えーとね、言いにくいんだけどー......」
レーカちゃんは、マイペースな彼女にしては珍しく、気まずそうな顔で口を開いた。
嫌な予感。
「明日ー」
「ふーん」
おれは都合の悪いことは一切耳に入らないのである。
†††
翌朝、学校に来ると珍しくシーーーーンとしていた。
舞愛ちゃんも珍しく昨日の夜にメッセージアプリで
「明日は早めに行くけど市野も行くか?」
と言っていた。早朝に絡んでくるヤンキーなどいないので、舞愛ちゃんが絡まれる心配もないだろうと結論づけ、おれは睡眠を優先していつもの時間に学校に来た。
「おはよう市野。余裕だな」
自分の席に向かうと舞愛ちゃんがニヤリと笑って一言。
「うす。余裕って何が?」
「テストに決まってんだろ」
さて、そろそろ現実を直視する時間が来たようだ。
「どいつもこいつも......私も含めてだけど、ギリギリまで単語帳とにらめっこだよ。市野はもう全部頭に入ってるってことだろ?」
なぜか舞愛ちゃんはおれを尊敬の眼差しで見ているが――いや、だいたいヤンキーが勉強するなよ――おれはクラスの誰よりも英単語を覚えていない自信がある。
そう。何も勉強していないのである!
†††
テストの結果は散々だった。
当然、英語は問①の英単語を書けという問題から最後の長文読解まで全滅。
世界史は最初から最後までいつ、誰が、どこで、何をしたか全て分からず、解答欄はすべて『チンギス・ハン』と書いた。
数学は当てずっぽうに数字を書いておいた。証明の問題の解答欄に『3』と書いた。
本日最後の科目の保健だけは自信があった。
「アホか!」
帰り道、舞愛ちゃんにそのことを話すと、すぐに叱責の言葉が飛んできた。
「だって勉強するの嫌なんだもん」
おれはとにかく高校に入って叔母夫婦の家から出ていくことが目標だったので、入った後の勉強はおろそかだった。今までも成績はベレンコ中尉並みに低空飛行だったのだ。
「小学生みたいなこと言ってんじゃねぇ!」
怒られた。
ヤンキーに勉強のことで怒られる日が来るとは夢にも思っていなかった。
「とにかく、明日のテストは赤点回避するぞ!」
舞愛ちゃんはなぜか自分のデキが悪かったような口ぶりでおれの腕をつかみ、彼女の家に連れ込んだ。
も、もしかして......おれって今から搾り取られちゃう......?
結論から言うと、搾り取られた、ではなく、絞り取られた。
まずは進学校である
最初のうちは久しぶりの舞愛ちゃんの部屋にドキドキしていたものの、スパルタな舞愛ちゃんの指導に、おれは最後には問題を解くためだけの機械と化していた。
「うへぇ......」
時刻は22時を回っていた。
「付け焼き刃だけど、なんとか赤点は回避できるだろ。がんばれよ」
舞愛ちゃんは立ち上がっておれの頭をポンポンと叩いた。
疲れ果て、リアクションも返せない。
だいたいなんでヤンキーが勉強できるんだよ......と思ったが彼女は元委員長だった。昔の習慣が抜けないのだろう。
「ど、どうもありがとう」
「お礼はテストが終わってからだ」
そう言われ、おれは外にほっぽり出された。
つ、冷てぇ......
そう思ったが、外は夏の夜らしく蒸し暑く、舞愛ちゃんの冷たさは中和されていた。
†††
次の日。
舞愛ちゃんに教えてもらった科目群はなんとか最低限できたという手応えがあった。
その日はテスト2日目であり、明日がテストの最終日ということもあり、クラスにはほぼ夏休みという浮かれた空気が漂っていた。
もちろんおれもその空気に当てられてフラダンスを踊っていた。
「うげっ!」
そんなおれの首根っこを舞愛ちゃんが掴む。その顔は怒りに満ちていた。
最初に出会った時のヤンキー顔よりよっぽど恐ろしい顔にチビリそうだ。
「い・ち・の〜?そんな余裕あるのかなぁ〜?」
口は笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。
「よ、余裕よ!格が違うんじゃ!」
「じゃあ今日もできるな?」
「はい......」
そんな調子で連行され、前日と同じようにおれの頭にはみっちりとテストのことばかりが詰め込まれた。
「つ、つらい......」
「市野がテスト対策してなかったのが悪いんだぞ」
正論とはいえ、シャーペンを1mmでもノートから離した瞬間に強引にまたノートに押し付けられるのはどうかと思う。
「ふぅ〜......」
最終日の科目は2つだけであり、テストも午前で終わる。
そのため前日よりもおれが解放される時間は早かった。
「帰ってからもやれよ」
まるで先生のような舞愛ちゃんの言葉に、その時は誰がやるかと腹の中でつぶやいたが、好きな人の言葉というのは残留思念じみて頭に残るようで、家に帰ってベッドにダイブして5分後には、おれは起き上がって机に向かっていた。
その甲斐もあって、翌日のテストでは赤点を回避した手ごたえがあった。
「舞愛ちゃんありがとう」
テストが終わって解答用紙が回収されている間におれは舞愛ちゃんにそう告げた。
「まだわかんねえだろ、結果」
ぶっきらぼうに答える舞愛ちゃんだったが、その目は笑っていた。
あと一週間ほどで夏休み。そして一週間の間、授業はすべてテスト返却だろう。楽だ。だが何か忘れているような気がする......
「えー、みなさん。3日間お疲れさまでした」
解答用紙を回収し終わった数学教師がそう言い放った。
「あ」
思わず声が出た。
舞愛ちゃんのおかげで赤点を回避した(と思われる)科目は2日目と3日目のものだけで、初日の科目はたぶん全滅だ。
「最悪だ......」
夏休み開始後に訪れる補修を想像してさっきまで感じていたすがすがしさは吹き飛び、一転、どんよりと曇り、おれは机に突っ伏したのだった。
つづく
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