第34話 財布が薄くなった!
「ごめん!!!」
放課後、冷静になったおれは、昼休みの行為を
なんとまぁ、よくも勢いだけで行動してしまったものだ。クラスメイト全員どころか、学校全体に知られてしまったようで、おれが近くを通るたびに生徒たちがコソコソと噂話をしていた。舞愛ちゃんには迷惑をかけてしまった。
「いや、まぁ......」
舞愛ちゃんはちょっと照れてほっぺたをかく。
「まぁ、なんつーか......」
歯切れが悪いし、なんだか照れている。
「正直......嬉しかったよ......いや、恥ずかしかったけども!」
と、彼女は後半を早口で言った。
「そ、そう?じゃあ毎日やろうかな?」
「やめろ!」
ぺしりとおれの頭を軽くたたくと
「帰るぞ」
と言って歩き始めた。
「ちょまてよ」
彼女の後を追いかける。そんなおれを見て、彼女は立ち止まる。
もう日の入りは早くなっており、空はすでに紫がかっていた。
「ふふ、キムタクかよ」
「キムタク?キムチ沢庵のことか?」
「はぁ。そういや
舞愛ちゃんは軽くため息をついた。
そしてなぜか周囲をキョロキョロと見回した。
「さっきの、その、昼休みのことなんだけど......」
「あ、やっぱり怒ってる?」
「怒ってない!怒ってないんだけど......その......」
「うん」
「その、な?チューは2人きりの時にしてほしいかなって......」
やっぱり人前。それも大勢の顔見知りであるクラスメイト達の前でキスするなんてやりすぎだったのだろうか。
「悪かった!マジでごめん!」
おれは地面に頭がつきそうな勢いで謝る。
「いや、そうじゃなくてだな......その......」
妙に歯切れが悪い舞愛ちゃん。
「み、光稀、顔を上げてくれ」
そう言われて舞愛ちゃんを見る。すると、彼女は恥ずかしそうに目を逸らす。
「い、今なら、周りに人もいないし、その......」
「~~~!!!」
なんと彼女はキスをしたかったのだ。
おれは目の前の女の子が愛おしくてたまらなくなった。
自分の胸あたりを押さえつけて、下を向く。深呼吸。落ち着け、落ち着け......
今すぐ押し倒してしまいたい衝動を抑える。
「ど、どうした?具合でも悪いのか?」
「......か......る」
「え?」
「かわいすぎる!かわいすぎるよ舞愛ちゃん!!!」
「は、は、は、はぁ!?な、なななな何言ってんだよ急に!?」
彼女は赤面する。
そんな彼女を力いっぱい抱きしめた。そしてその唇を奪い、貪るように重ねた。
†††
日曜日、おれはまたも駅前に来ていた。舞愛ちゃんと待ち合わせのためである。
付き合い始めてから、おれたちは毎週のようにデートしている。よもやこんなリア充生活をすることになるとは思いもしなかった......四月の自分に伝えたらびっくりして失神するだろう。いや、そもそも信じないか。
「よぉ、光稀のほうが早いなんて珍しいな」
革ジャンのポケットに手を突っ込んであらわれた舞愛ちゃん。
「まぁ、たまにはね」
舞愛ちゃんは怒ってないと言っていたが、なんだか舞愛ちゃんとの関係を安売りしてしまったような気がしていたので、おれはまだクラスメイト達の目の前でキスしたことを引きずっていた。
「どうしたんだ?奢ってくれるとか言って」
とはいえ、いざ奢るとなると、憂鬱な気分になる。なにせ、彼女は超がつくほどの大食いである。奢ればおれの財布が空になることは明らかであろう。
ニコニコしている舞愛ちゃん。食うぞーという気まんまんである。
「はぁ」
おれはため息をつく。
「心配すんなって!そんな食わねぇから!」
ガハハと笑っていた。
絶対食うだろ。
†††
「ふぅ~食った食った」
おれが悪かったのだ。おれが。
舞愛ちゃんの発言を真に受け、回転寿司などに行ってしまったのである。いや、回らない寿司ではないだけマシだと思われるかもしれないが、おれには金がない。数年前に稼いだファイトマネーを削って生活しているのだ。さらに、舞愛ちゃんの「そんな食わない」は一般人における「食いすぎ」だ。
おれが身を削って奢っているのも知らないで、たいそう満足気な表情をする舞愛ちゃん。ちょっとムカついた。
「はぁ」
「いやーごちそーさん、光稀」
しかし、屈託のない笑顔を向けられると、どうも力が抜けてしまった。
ただ、どうにも収まりがつかないので、舞愛ちゃんのおなかをつまむ。
ぷにっ。
「ひゃぁ!?」
かわいい声をあげる舞愛ちゃん。
ぷにっ。ぷにっ。
「ちょっ!?おまっ!?」
全く耳を傾けず、おれは彼女のおなかをつまみ続ける。
「いやぁ......み、みつきぃ......やめっ......恥ずかしい......」
なぜか舞愛ちゃんの声は上ずり、目が潤む。
ぷにっ。ぷにっ。ぷにっ。
しかし、お構いなしである。
ぷにっ。ぷにっ。ぷにっ。ぷにっ。
「い、いい加減にしろー!!!」
ビンタを喰らった。
†††
「げ」
悪いことは続くものである。
舞愛ちゃんと歩いているとあまり会いたくない人物に遭遇したのである。
「お久しぶりです。市野光稀さん。覚えていますでしょうか?」
ガタイに対して腰が低い男。そう。
「あー、覚えてるよ。それじゃ」
あまり関わりたくない。どうせ勧誘とかしてくるのだ。
「あ、待ってください。今日は
「舞愛ちゃん?知り合いなのか?」
「あー、ま、まぁ」
なんだか歯切れが悪い。
「えぇ。築城さんは我々......わぶっ!?」
何かを言おうとした古島の口は焦った表情の舞愛ちゃんに塞がれた。
「た、たまたま!たまたま!この間!ラーメン屋で隣だったんだよな!な!」
「は、はい......」
舞愛ちゃんは古島に強引に同意させた。
あ、怪しい......
「ちょ、ちょっとこっち来い!」
舞愛ちゃんは古島をおれから少し離れたところに連れていき、なにかヒソヒソと話はじめた。
あ、怪しい......
しばらくすると、2人は戻ってきた。
「なに話してたんだ?」
「そ、そ、それはだな......」
テンパる舞愛ちゃん。
「はい。少しお金の話を」
対して、古島は冷静に答える。
「お金の話?」
「そ、そそう!この前ラーメン屋で私が食い過ぎて、お金が足りなくなったところを古島に建て替えてもらったんだ!だからそのことをををを......」
なぜ「を」が連打された。
まぁ、それはいいとして、だいぶ怪しい。舞愛ちゃんが食べ過ぎてお金がなくなることはあり得るが、しかし、それにしても怪しい。
「たまたま築城さん会ったので、その話をしたくなりまして」
古島は一貫して冷静だが、こいつも嘘っぽい。
「それでは」
あ、逃げた。
古島はすたすたと歩いて人混みに消えて行った。
「ま、いいけどな」
おれは独りごちる。
まぁ、舞愛ちゃんと彼の話が本当には思えないが、変に突っ込んで、またヤンキー行為に勧誘されたらたまったもんじゃない。
「どどどどうした?」
横を見ると、舞愛ちゃんが汗をダラダラ流しながら目を泳がせて言った。
彼女は嘘が下手なのだろう。
「あー、さっきの話だけど、古島との」
「な、ななななんだ?」
「嘘だろ」
「!?い、いや!?う、嘘なわけないだろ?ない言ってんだ光稀?このこのぉー」
そんなカクカクしながら答えてもバレバレだが......
「ふっ」
そんな舞愛ちゃんがおかしくてついつい吹き出してしまう。
「な、何笑ってんだよぉ」
「まぁ、いいよ。おれにはあんまり深く追求する趣味はないから」
「う、うん」
「実は舞愛ちゃんが夜な夜な人ぶん殴ってるとか、そういうのじゃなければ」
冗談めかして言う。
おれと舞愛ちゃんとの間ではなく、舞愛ちゃんと古島の間になにか秘密がありそうなことにちょっと嫉妬していたが、古島も硬派な人間であり、舞愛ちゃんが彼と浮気などをしているように見えなかったことから、隠し事は大したことではないだろうと、この時のおれは思っていた。
つづく
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