第33話 暴走した!

 星が浜駅から電車で20分ほど揺られると、すぐに月が浜に着く。この2つの都市はほぼほぼ隣町といってもよい距離にある。

 ただ、月が浜は星が浜に比べると少し都会だ。その中心部に、市野いちの家はある。一軒家というより屋敷といってよい建物の一室で、市野 雅都いちの まさとは椅子にふんぞり返っていた。高校生でありながら両親から事業の一部を譲り受け、かなりの利益を叩き出している。また、彼は学業においても、常に学年トップであり、さらにスポーツ万能であった。まさに完璧超人とでもいうべき彼は、まるで昔の大物政治家かマフィアのボスのように、自分の部屋に女の子を何人も侍らせていた。何不自由のない暮らしに思えるが、その顔は浮かない。


 「市野光稀いちの みつきぃぃぃぃぃ......」


 彼は呪詛のようにいとこの名前を呟く。

 彼が奴隷同然に扱っていたいとこ、光稀は中学のころ、格闘技をはじめ、金を稼ぎ、奴隷の分際で自分と家族を殴って家を出ていった。

 この行動に、雅都まさとは顔に泥を塗られた思いをした。

 5月ごろ、それまで所在がわからなかった光稀の消息を掴んだ。星が浜の不良グループ、保死我破魔ホシガハマのリーダー、坂下勇さかした ゆうが光稀に血まみれにされたというのだ。

 雅都は憎き光稀が現れたことに激しい怒りを覚えつつ、同時に歓喜した。これで復讐が成し遂げられると思ったのだ。

 金持ちで才能もあり、人気者の彼には、地元の不良グループを手なずけることなど、造作もなかった。夏頃には月が浜を掌握した彼は、光稀のいる星が浜への侵攻を試みている。

 本当であれば、個人情報を調べ上げて光稀の居場所を掴むというのが確実だが、目前に迫った復讐のチャンスに、雅都は焦っていた。人を遣わせて光稀に近いと思われる人々を尋問し、彼の居場所を特定しようとしていた。

 だが、光稀は知り合いが少ないのか、ほとんど空回り、唯一特定できた彼の友人、篠田聖哉しのだ せいやの尋問には失敗した。彼の尋問をしていた笠原かさはらが、何者かに倒されたからだ。


 「気分わりぃ......」


 爪を噛みながら呟く。


 「雅都さぁ〜ん?ご気分すぐれないのですかぁ?アイミが癒してさしあげましょうかぁ?」


 雅都が侍らせている女の1人が、彼の耳もとで甘ったるい声で囁く。

 彼女は雅都に取り入るために心配している演技をしているだけだ。彼はそれを察しているため、少しイラついた。


 「いや、大丈夫だよ。皆、ちょっと外してくれないかい?」


 雅都がつくり笑顔で彼女たちに語り掛ける。


 「「「「「「はぁ~い」」」」」」


 女たちは声をそろえて言うと、ぞろぞろと部屋を出ていった。


 「ふぅ」


 雅都はため息をつく。

 携帯を取り出すと、電話をかける。


 「俺だ。すぐ来れるか?」


 『はい』


 電話口は要件を聞くことすらなく、二つ返事で了承した。それを聞くと、雅都は満足気に電話を切った。


 「どうなさいましたか」


 数分後、椅子に座った彼の前に1人の女が立っていた。

 彼女は十季とき。雅都の許嫁である。しかし、雅都と十季の関係は、主人と従者というほうが適当だ。実際、雅都が最も信頼を置く人物は彼女だが、その信頼は自らの右腕としての信頼なのだ。


 「よく来てくれた。市野光稀の件だけど」


 「まだ見つかりませんか?」


 雅都は頷く。

 光稀が通っている高校は星が浜高校ガハマ高だということは掴めていたが、非ヤンキー高校であるガハマ高にヤンキーを送り込んで光稀をボコボコにするという作戦は憚られた。雅都はよくても、彼が金で使っているヤンキー連中が反対すると思われたからだ。

 そのため、光稀の住処を特定する必要があったが、それもうまくいっていなかった。


 「やはり個人情報を......」


 「それは時間がかかりすぎる」


 「ではやはり星が浜高校に乗り込むしかないのでは?」


 「だが、やっぱりヤンキー連中が......」


 十季の進言に、雅都は気乗りしない様子だ。


 「私に良い考えがあります」


 十季はニヤリと笑った。ぞくぞくするような笑顔だった。



 †††



 昼休み。おれたちは机を囲んでいた。

 舞愛まいあちゃんと付き合いはじめてからも、おれと舞愛ちゃん、あやちゃん、レーカちゃん、聖哉の5人は昼休みに集まってご飯を食べていた。


 「光稀、あーん」


 おれの口の目の前に、卵焼きが出現した。

 

 「ふふぁひうまい


 ぱくっと一口で卵焼きを食べる。

 口の中に優しい味が広がる。舞愛ちゃんの卵焼きは甘い。


 「もうっ、食べながらしゃべるなって」


 笑いながらおれの口元を拭おうとした舞愛ちゃんは、そこで視線に気づいた。

 おれも同時に気づいた。生暖かい視線に。

 

 「ラブラブだねー」


 ニヤニヤするレーカちゃん。


 「ちょ!ちょっと!ここ学校よ!」


 顔を赤くして手で覆う綾ちゃん。


 「う、羨ましい......」


 悔しがる聖哉。


 「あ、あ、その......これはだな......」


 赤くなっておろおろする舞愛ちゃん。

 うーん。かわいいな。


 「つ、ついいつものクセで......」


 「クセー?いつも“あーん”してるのー?マイアちゃんー?」


 「あ、いや、その、それはその......」


 追及される舞愛ちゃんはらしくもなく、縮こまっている。

 おれは後方腕組み彼氏と化し、うむうむとうなずいていると、綾ちゃんがじろりとこちらを見る。レーカちゃんはにやけていた。


 「市野くん、なんで他人事なの?」


 「イッチ、いつも“あーん”やってもらってるのー?」


 「ああ。してもらってるぞ。だって付き合ってるからな」


 おれは少し顔が熱いのを感じつつも、堂々と言い放った。


 「ちょ」


 なぜか舞愛ちゃんはさらに赤くなって、うつむいてしまった。


 「い、いやぁ、イッチ、漢だねー」


 「そ、そうなんだ......」


 「光稀、俺は尊敬するね」


 なぜか他の3人もさっきに比べると控えめな反応をしていた。

 なぜだろうと思っていたが、いつの間にか教室は静まり返っており、直後、無数の視線を感じた。見回すと、クラスメイト達全員がおれたちの方を見ていた。多くは驚きの表情だ。


 「み、光稀、声がデカいって......」


 舞愛ちゃんはおれのシャツの袖を指でつまみながら言った。

 少し間があって、ヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。


 「付き合ってるの!?あの築城つきしろさんと市野くんが!?」


 「いやきっと嘘告とかドッキリとかそういうやつだよ」


 「築城さんが男と付き合えるわけ......」


 「ヤンキーだし」


 その大半はネガティブなものだった。

 イラついた。おれと舞愛ちゃんが付き合っていることを否定されるのは気分が良いものではない。大体、舞愛ちゃんはめちゃくちゃかわいいんだぞ。

 我慢できず、立ち上がる。


 「お、おい......」


 止めようとする聖哉を手で制する。

 そして、まるでヒールレスラーのように声を張り上げる。


 「おいお前ら!おれと舞愛ちゃんはなぁ!付き合ってんだよコノヤロー!」


 その一言にクラスはなんだなんだ、まじかよ、どこにコノヤロー要素が、とざわつく。


 「お前ら!よーく見とけよ!」


 そう言って、恥ずかしそうにしている舞愛ちゃんを抱き寄せ、彼女の澄んだ茶色い目を見つめる。


 「好きだ」


 「ちょっ!?光稀!?お前なにをする気......ンンッーーー!?」


 舞愛ちゃんが言い終わる前に、おれは彼女の唇を塞いだ。

 とたんに周囲の声はまったく聞こえなくなり、世界に存在するのは自身と舞愛ちゃんだけにすら感じられる。

 唇を離し、目を開けると、まずゆでだこの舞愛ちゃん。そして口をあんぐり開けて驚いている3人。そして嬌声を上げたり、ざわめいたり、ドン引きしているクラスメイト達。


 「おい、お前ら!そういうことだ分かったか!よく覚えとけ!」

 

 おれは収拾がつかなくなっているクラスメイト達に向かってそう言い放ったのだった。



 つづく

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