第35話 逃げ帰った!

 私は焦っていた。

 光稀みつきとのデートの帰り、連闘会れんとうかい古島こじまに遭遇したのだ。その場はなんとか誤魔化したが、次に似たようなことがあったらマズい。

 ベッドに飛び込んで、枕に顔をうずめる。

 古島とはこの間、夕が浜の不良集団が星が浜に手を出してきたら、そいつらと戦う約束をしてしまった。もし実際にデカいケンカが起これば、参戦しなければならない。そうなったら、光稀の涙ぐましい、私に暴力を使わせない努力は水の泡だ。

 それに、私はヤンキーをやめたのだ。やめたつもりだ。


 「よし」


 1人、部屋で気合を入れた。

 やっぱり古島たちに協力するという話には断りを入れよう。

 メッセージアプリを開き、古島にその旨を伝えると


 『一度会って話をしませんか?』


 と返ってきた。

 出会い系みたいな文面に嫌悪感を覚えたが、しかし、対面できっぱりと伝えた方が向こうも諦めがつくだろうと思い直し、私はその申し出を受けることにした。



 †††



 「終わったー!」


 またも放課後。

 おれは退屈な授業の終わりを告げるチャイムと共に伸びをした。


 「全く、もうちょい真面目にやれよ」


 「いつも真面目だが?」


 「どこがだよ。さっきもなんか落書きしてだろ」


 舞愛まいあちゃんはおれをジト目で見る。

 手元のノートを見ると先ほどまで授業をしていた数学教師の似顔絵が描かれている。我ながらよく描けたと思う。弛んだほっぺたとか、特徴を捉えていると思う。


 「なに描いてたんだ?」


 おれのノートをのぞき込む舞愛ちゃん。次の瞬間


 「ブッッ!!!」


 吹き出した。つぼったのかプルプル震えている。


 「お、お前......グフっ!......こっ......これは......」


 「これのこと?」


 おれはそんな舞愛ちゃんの目の前でノートのページをめくった。

 次のページには古文教師の似顔絵が描かれている。これも我ながらよく描けたと思う。鼻のでっかいほくろとか、特徴を捉えていると思う。


 「なっ......あっ......だっはっはははははは!!!!!」


 しばらく舞愛ちゃんは笑いっぱなしだった。

 

 「ひーっ......ひーっ.......」


 「そんな笑う要素あった?」


 「だって、お前......絶妙に似てて......ふっ......だははははは!!!」


 思い出し笑いをする舞愛ちゃん。

 うーん。おれ的には結構写実的でなおかつ芸術性が高い落書きだと思ったんだけどなぁ。


 「ふーっ......ふーっ......」


 「落ち着いた?」


 息を荒げた舞愛ちゃんにお茶を渡した。


 「あ、ありがと」


 「ほんじゃ、そんな感じで、帰りましょうかね」


 リュックを肩にかける。


 「あ、あの」


 舞愛ちゃんはさっきの爆笑がまるで別人に見えるほどに深刻な表情で呟いた。


 「うん?」


 「実は今日の放課後、友達と約束してるんだ」


 「ん?そう?あやちゃん?」


 「いや、綾じゃないんだが......」


 なんだか歯切れが悪いが、舞愛ちゃんにおれたち以外の友達がいることがなんだか嬉しかった。

 おれには付き合っているからといって、24時間一緒にいなければならないというようなこだわりはない。これまでも、舞愛ちゃんのバイトがある日は別々に帰っていた。それに、今の舞愛ちゃんならばおれがいなくても、ケンカ騒ぎを起こすことはないだろう。

 

 「そっか、じゃあ今日はアディオスだな」


 「駅まで一緒に行こう」


 そう言って、彼女はおれの手を握った。



 †††



 星が浜は駅前しか栄えていないため、古島との会合場所も必然的に駅前になった。

 私がチェーンのカフェに着くと、そこにはすでに古島がいた。


 「お待ちしておりました。では」


 彼はそう言って、店に入って行った。

 


 「いやぁ。だいぶ日が早くなりましたね」


 「まぁ、秋だからな」


 テーブル席に案内され、座ると、古島は世間話をしてきたが、私はそれを冷たくあしらった。


 「御託はいいから、本題を頼む」


 「まぁまぁ。せっかく来たんですから、コーヒーの一杯くらい奢らせてくださいよ」


 そう言って彼はメニューを開く。

 そういうことなら、高いメニューを頼んで嫌がらせをしてやろう。


 「なんでも頼んでいいですよ」


 そう言って古島は店員さんを呼んだ。


 「自分はアイスコーヒーを一つ」


 「なんでも頼んでいいって言ったよな?」

 

 「?ええ。もちろん」


 「それじゃあ、アイスオレのたっぷりサイズとかつパン、ミックスサンドとシロノワール、あとナポリタンをください」


 「か、かしこまりました......」


 店員さんは若干引き気味で去っていった。

 古島を見ると、驚いていた。


 「よ、よく食べるんですね」


 「なんでも頼んでいいって言ったからな。それで、本題は?」


 古島は軽く咳ばらいをすると、話し始めた。


 「築城つきしろさんは結論を急ぐタイプとお見受けしますので、結論から言います」


 「おう」


 「あなたが手を引くことは認められません。やはり我々に協力してもらいます」


 「はぁ?」


 「ですから、認められません」


 「お前らの事情は関係ない。私はケンカはしないって言ってるんだ」


 「認められません」


 「一点張りだな」


 「築城さんこそ、一度約束したことを“やっぱり断る”なんてらしくないですよ?」


 「別に、私がとう決めようと私の勝手だろ。お前に何が分かるんだよ」


 「“星が浜最強のヤンキー”ともあろうお方が、何を弱気になってらっしゃるのか......」


 「私はヤンキーを辞めたし、それに、約束したんだよ。光稀と。もう暴力とか振るわないって」


 「それは逃げでは?」


 「......なんだと?」


 「築城さんが個人的矜持を持っていて、暴力を振るわないことは結構です。良いことだと思います。我々、連闘会だってケンカをしたくて格闘技をやっているわけではありません」


 「だったらどうして」


 「今、星が丘は不良グループ同士のいわば、勢力均衡によって辛うじて治安が保たれています」


 確かに、星が浜は治安がいいとは言い難いが、混沌ではない。


 「そこに月が浜の不良が流れ込んできたら、秩序なんてなくなります。ケンカする側は楽しいかもしれませんが、カツアゲなんかで被害を被り、常に不良にビクビクしながら暮らすのは一般の生徒ですよ?」


 私は口をつぐむ。


 「前も言いましたが、あなたのご友人にも被害が及ぶかもしれません。もしそうなれば、あなたはきっと後悔しますよ?」


 息継ぎも少なく、まくしたてた古島に何も言い返せない。

 私の脳裏には、綾やレーカ、篠田しのだ、そして光稀の顔が浮かんだ。

 彼らがケンカに巻き込まれたときでさえ、私は助太刀に入ることはできない。それが光稀との約束で、むしろ私が殴らないように、そして殴られないように攻撃を受けるというとても正気とは思えない決意を、彼はしていた。実際に保死我破魔ホシガハマ坂下さかした丸本まるもとに絡まれたときは本当に体を張っていた。

 そんな彼の決意を裏切る真似はしたくはなかった。

 しかし、月が浜の不良グループ、『レッドウォーター』の勢いや規模を聞くと、私抜きの星が浜ヤンキーどもが勝てるとも思えなかった。そしてレッドウォーターが星が浜を手中に収めた暁には、古島が言うように、一般生徒たちが被害に遭うことが簡単に想像できる。

 一般生徒を見捨てるような真似も、私はしたくなかった。


 「......わかったよ」


 「流石、話が分かりますね」


 古島はニコッと笑った。

 そんな彼に、私は少しムッとして付け加える。


 「ただし、条件がある」


 「条件?」


 「私が加勢するのはレッドウォーターがガハマ校を標的にした時だけだ。ただ、私の名前は自由に使ってくれ」


 私たちの学校、星が浜学園ガハマ校にはヤンキーがいない。よっぽどのことがない限り夕が浜の不良がケンカを仕掛けてくることはないだろう。


 「......わかりました。飲みましょう」


 古島が右手を差し出してきたので、私はその手を握った。


 「では、いただきましょうか」


 いつの間にかテーブルには料理と飲み物が並んでいた。


 「悪いな。いただきまーす」


 別に話したくもない相手との、話したくもない話題はカロリーを使う。

 私はかつパンにかぶりつく。

 

 「うーん!」


 炭水化物と揚げ物の相性は最高だ。口の中に衣とソースがまじりあったいかにも身体に悪く、しかし心にはよい味わいが広がり、私の顔は思わずほころんだ。



 †††



 最近は毎日舞愛ちゃんと一緒に帰っていたので、彼女のいない放課後に何をしていいか思いつかず、フラフラと駅前まで来てしまった。

 せっかく駅前まで来たし、映画でも見ていくかと思い、映画館に向かうことにした。ちょっと前に舞愛ちゃんと、犬の映画を見に行ったあのオシャレ系映画館だ。

 映画館を目指して歩いていると、ふとチェーンの喫茶店が目に入った。道路に面した壁がガラス張りになっていて、パソコンと睨めっこしている社会人や、駄弁っているギャルが目に入る。こんな丸見えの席でよく落ち着けるな。などと思っていると、店内に見覚えのある後ろ姿を見つけた。ガタイがいい。

 横顔を見ると、連闘会の古島だと分かった。誰か女の子と来ているようだ。


 「へぇ。彼女とかいるんだ」


 硬派に見える彼の意外な一面に感心しつつ、喫茶店を通り過ぎようとしたとき、視界の端に見覚えのある金髪プリン頭が見えた。


 「え!?」


 おれは振り返って、古島と一緒に食事をしている女の子を見て、崩れ落ちそうになった。


 「う、嘘......だろ?」


 舞愛ちゃんだ。

 彼女はニコニコしながらパンにかぶりついている。

 おれは思わず喫茶店に突入しそうになった。しそうになったが、堪える。店に入って行って何になる、古島をぶん殴る?それとも舞愛ちゃんを問い詰める?どちらも無意味な行為だ。

 おれは、実際にはただ店先に立っているだけだった。


 「おひとり様ですか?」


 店員のお姉さんが出てくるが、おれは


 「見てただけです」


 などと、アパレルショップで言うような言葉を放って、逃げるようにその場を離れる。

 頭が真っ白になった。

 それからどうやって帰ったのだろう。いつの間にかおれの安寧の地、コーポ・スタービーチ204号室に着いていた。

 心にぽっかりと穴があいたようだった。



 つづく

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