第36話 すれ違った!

 朝。

 おれはかなり早い時間に起きた。......というよりも、夜中あまり眠れなかったと言った方が正しい。

 駅前の喫茶店で舞愛まいあちゃんと古島こじまが食事をしていた。それだけなら別に良かったが、かつパンにかぶりつく舞愛ちゃんはこの上なく幸せそうな表情をしていたのだ。

 彼女は浮気をしているのだろうか。

 そうだとすれば、この間、デートの帰りに古島と遭遇した際、彼をおれから遠ざけて何か耳打ちしていたのは、うまく口裏を合わせようとしていたのかもしれない。


 「はぁ」


 ため息が出る。

 おれ的には舞愛ちゃんは世界で一番大切な人だと思っている。しかし、舞愛ちゃんはおれのことをそうは思っていなかったのかもしれない。結局はヤンキーを辞められず、より力がある(と、思われる)男が魅力的に映ったのかもしれない。

 もしそうだとしたらどうする?古島をぶっ倒して舞愛ちゃんを奪い取るか?おそらく真っ向から戦えば勝てるだろう。

 いや、意味がない。

 そもそも舞愛ちゃんに惚れたのは、彼女のヤンキーな部分ではない。おれは不良が嫌いだ。彼女の中にある優しさに惚れたのだ。

 だから、力によっておれの元に戻ってきた舞愛ちゃんはもうおれの好きな舞愛ちゃんではないだろう。


 「どうしようかね......」


 無意味に呟く。

 どうしようもないのだろうか。おれは虚無感と無力感に支配されていた。

 時計はすでに朝のホームルームが始まっている時間を指していた。だが、学校に行く気力はなかった。



 †††



 光稀みつきが学校を休んだ。

 学校になんの連絡もなく休んだらしい。担任がそう言っていた。

 

 「たかが1日じゃない。舞っち心配しすぎ」


 昼休み、4人で集まってお弁当を食べているとあやがフンと鼻を鳴らして言った。


 「でも、アヤはマイアちゃんが同じ感じで休んだら学校早退して家行くレベルで心配するでしょー?」


 「そ、それは......」


 にやけながら言うレーカに、綾は沈黙していた。


 「ふ、アイツがいないから今日はハーレム......ぐふふ......」


 篠田しのだは不気味に笑っているが、まぁコイツは無視でいいだろう。

 しかし、いつもは大抵即レスのメッセージアプリの返信すらないのは心配である。

 綾じゃないけど、家に行ってみるか。

 

 「ちょっ!?姐さん?」


 いきなり立ち上がった私を見て驚く篠田を一瞥する。


 「どうしたの?舞っち」


 「行ってくる」


 綾の疑問に、私は一言で答えた。


 「行ってくるってどこに!?」


 「光稀の家だよ」


 「学校はどうすんのよ!?」


 「早退する。レーカ。悪いけど担任に言っておいてくれるか?」


 「あいあいさー」


 私は鞄を持って、昼休みの教室を後にしたのだった。



 †††



 家でウジウジダラダラしているとインターホンが鳴った。

 何か頼んだかなと思い、覗き窓を見ると、舞愛ちゃんが立っていた。

 何をしに来た?まだ授業時間中の筈だ。


 「よぉ」


 ドアを開けると、彼女は右手を上げた。

 左手には、スーパーの袋を持っていた。


 「風邪か?」


 「まぁ、そんな感じ」


 「確かに、顔色悪いな......ご飯食べた?」


 「いや......」


 「食べれる?」


 「まぁ......」


 「元気ないなぁ。とりあえず作ってやるから、それまで寝てろ」


 舞愛ちゃんはそういうと、おれの背中を叩いてキッチンに向かった。

 当然、おれは風邪などではない。顔色が悪いのは寝ていないから、寝ていないのは舞愛ちゃんのせいだ。

 ベッドに腰かける。キッチンで鼻歌を歌いながら料理する舞愛ちゃんを見る。別に変わった様子はない。いつもの舞愛ちゃんだ。もしかしたら駅前で古島と喫茶店にいたのはドッペルゲンガーではないのかとすら思う。そうでなければサイコパスにも見える上機嫌ぶりだな。

 そんなことを考えていると、お盆を持った舞愛ちゃんがおれのそばに来た。お盆にはうどんが載っている。


 「体調悪くてもちゃんと食べなきゃ」


 「あぁ。ありがとう」


 お盆を受け取るも、おれは別のことを考えていた。

 舞愛ちゃんは正気なのだろうか。いや、本当に古島といた女の子は別人なのか?


 「やっぱ元気ないな」


 おれを風邪だと思っている舞愛ちゃんは心配そうに顔をのぞき込んでくる。


 「あのさ、舞愛ちゃん」


 いつになく真剣なトーンで切り出す。


 「どうした?」


 おれの顔を見て、舞愛ちゃんが隣に腰かける。密着してきたが、おれは少し彼女と離れて座りなおした。


 「な、なんだよ」


 彼女は動揺した。


 「聞きたいことがあんだけどさ」


 「お、おう......」


 緊張する。これを言ったらどうなってしまうのだろう。もしかしたら、全てが壊れてしまうかもしれない。

 だが、言わなければならなかった。


 「古島が好きなのか?」


 「は?」


 舞愛ちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


 「んなわけないだろ?しかもなんで古島?」


 「だって、この前、駅前の喫茶店にいたよな?」


 舞愛ちゃんはハッとする。


 「それは......」


 「やっぱ、舞愛ちゃんはヤンキーっぽい奴の方が......」


 「違っ......」


 「じゃあなんで」


 「それは......言えない......」


 「あんなに嬉しそうな顔してて、ショックだったよ。やっぱおれとは釣り合わないか......」


 「な、何言ってんだよ!?」


 「うどんは、ありがとう。だけど、もういいよ」


 おれはベッドから立ち上がった。


 「ちょっと光稀!お前誤解してるって!」


 「何を誤解してるっていうんだよ!おれはこの目で!舞愛ちゃんと古島が楽しそうにしてんのを見たんだよ!」


 「だから違うって!私の話を聞いてくれ!」


 「いーや!聞きたくないね!」


 おれは抵抗する舞愛ちゃんの背中を押して、玄関までやってきた。


 「古島と付き合いなよ。その方が幸せだよ」


 「な!バカなこと言ってんじゃねぇ」


 「いや、正論だね」


 そう言っておれは舞愛ちゃんを部屋から追い出した。

 正論だと、自分に言い聞かせる。ヤンキーとかヤンキーじゃないとか、それ以前に、おれのような過去を引きずったうじうじした人間より、古島のような誠実な人間と付き合ったほうが舞愛ちゃんのためになるだろう。


 「さよなら。


 1人になった部屋で、おれは呟いた。



 †††



 光稀に部屋を出た私は、ドアに寄りかかって座った。

 なぜこんなことになってしまったのか。自分の軽率さを呪う。そりゃ、喫茶店に古島と2人で居たらいくら光稀でも疑いの目を向けるだろう。振り返ってみると、前に光稀とデートした帰りに古島と会った時も、彼から遠ざかって2人でひそひそ話したこともあったし、そりゃ浮気と思うよな......

 涙が出てきた。

 光稀は私に「古島と付き合え」と言った。しかしそれは無理な話だ。私は古島を好きなわけではないし、私が好きなのは後にも先にも光稀だけだ。これだけは絶対に言える。

 だから彼の誤解を解かなければならないが、どうしよう。

 喫茶店で古島と話した内容を話せば、彼の誤解は解けるだろうが、内容が内容だ。私がケンカに加担するということは、ここまで、私をヤンキーから遠ざけてくれた光稀を裏切ることになる。


 「どうすりゃいいんだ......」


 ため息をつくと、携帯が鳴る。

 ......古島からだった。


 「よりにもよって......」


 出たくねぇなと思いつつ、数コール待ってから電話に出る。


 「もしもし」


 『築城つきしろさんですか?すぐに来てください!』


 電話口の古島はひどく焦っている。


 「はぁ?私が行くのはガハマ校が襲われたときだけって言っただろ?」


 『ですからそのガハマ校が襲われているんです!』



 つづく

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