第9話 ドキドキしてどつかれた!

 私は階段を駆け下りる。

 市野いちののことを気に入っていた。変なやつだけど、独特なセンスと、不良から猫を庇う勇気を持っている男だ。

 それに、彼は私から逃げない。大抵のヤツは私が話しかけると怖がって逃げてしまう。アイツはいっつも適当なことを言う。そこが気に入っていた。

 だから、残念だった。

 駆け足で階段を駆け下りる。

 少し時間が経つと、いろいろと冷静になる。

 自分のことながら女々しく思う。気に入らなかったらそう言えばよかったのに......

 あれこれ考えているうちに地面についていた。

 そして下を向いていた視線を前に向けると、思いがけない人物が立っていた。


 「あ、あや......」


 「......久しぶり。舞っち。会いに来たよ......」


 「会いに来たって、どうしてここが」


 「噂になってたよ。舞っちがカレシ作ったって」


 「彼氏?」


 「そう。市野くん」


 「市野?アイツが......?」


 よりにもよって渦中のヤツの名前が出る。


 「舞っちが市野くんの家に行くっていう噂が流れてて、来てみた」


 「......私は猫太郎に会いに来ただけだ」


 「その様子だと、市野くんとケンカでもした?」


 「ケンカっていうか......」


 「もしかして、市野くんが私に舞っちのことを話したことに怒ってる?」


 図星を突かれて私は押し黙る。


 「ごめん。私が押しかけて無理やり聞いたんだ」


 「え?」


 「あの子、見境なしに話したわけじゃないよ」


 綾は私の目を見る。


 「それに、私が舞っちと仲直りしたいって言ったら、後押ししてくれたよ」


 「そうか......」


 「彼、いいヤツだよ」


 さっき市野の家から飛び出てきたのは失敗だった。もっと踏み込んで聞くべきだった。

 市野の顔が浮かんできて申し訳なさが込み上げてきた。

 同時に、綾の口から出た言葉に驚く。


 「仲直り......?私と?」


 「そう。私、謝らなきゃいけない。舞っちが不良から助けてくれたのに、その舞っちから距離を置いちゃった」


 「綾......」


 まさかの言葉に驚く。

 綾との距離ができたのは私が100悪いと思っていたからだ。


 「いや、私のほうこそ......私がヤンキーになったのが悪いんだよ」


 すかさず言う。

 力によって解決することを覚えてしまったばっかりに、私はどんどんヤンキーにのめり込んで行った。それにも関わらず、心のどこかで“綾に嫌われたくない”という気持ちがあり、中途半端な気持ちでヤンキーをやっていた。

 中途半端な自分が一番悪いんだ。


 「......舞っち、また友達にならない?」


 「綾......私も、ずっとそう思ってた」


 「両想いだね。私たち」


 綾はふふふと笑って、私を優しく抱きしめる。心臓がじわっと温かくなるのを感じる。

 指と指が絡み、お互いの体温を感じる。

 綾を見ると、火照った頬が紅潮している。


 「舞っち、顔赤いよ?」


 どうやら私の顔も赤いようだ。

 同性愛の気はないが、なんだか変な気持ちになってくる。


 「綾、かわいい......」


 私はぼーっとして、まるで市野のようなことを言ってしまう。

 

 「んっ......」


 綾の指が私の背中を這い、ゾクゾクして私は思わず声をあげる。


 「えへへ、舞っちも......」


 綾はほにゃっと笑い、私の唇に顔を近づけてくる。

 私もそれに応じようと、目を閉じかけたその時、なんか汚いものが視界の端に映った。

 市野だ。

 彼は口を押さえて目を見開いている。


 「うわっ!」


 それで私は我にかえった。

 綾の肩をそっと抱いて距離を取る。


 「はっ!」


 綾も我にかえったらしい。



†††



 とんでもないものを見てしまった。

 いや、盗み聞きの趣味はおれにはないが、舞愛まいあちゃんと綾ちゃんが話しているのを見て、話が終わったら舞愛ちゃんに謝ろうと思って下に降りてきたのだ。

 彼女たちは最初は普通に話していた。


 「......舞っち、また友達にならない?」


 「綾......私も、ずっとそう思ってた」


 そんな言葉が聞こえてくる。良かった。仲直りできたようだ。

 さて、後はおれが土下座でもなんでもして、舞愛ちゃんに許してもらうだけだ。


 「両想いだね。私たち」


 ん?

 綾ちゃんがおかしなこと言ったのが聞こえた。

 2人は抱き合う。うん。仲直りのハグかな。仲良きことは美しきかな。

 しかし、エロティックに指を絡ませだした。

 綾ちゃんがいやらしい手つきで舞愛ちゃんの背中を撫でるとなまめかしい声が出る。

 おい!おいおいおい!

 おれは過去最大にドキドキしていた。やっぱり女の子同士ってのは......

 2人は見つめ合って、お互いの顔を近づけ始めた。

 ヤバい!ヤバイヤバイ!!!キタ!!!キタキタキタ!!!!!!!

 おれは生唾をごくりと飲み込み、目を見開いてガン見。

 しかし......


 「うわっ!」


 「はっ!」


 2人は突然離れた。え?

 そして2人とも頬を赤く染めておれを見ている。

 もしかして、おれのせいでプレイ中断?

 これが百合に挟まる男?いや百合を意図せずに引っこ抜いてしまった男?


 「ふぅ〜」


 一度深呼吸をした。

 うん。

 やはりおれは美しいものを見ることが許されていない人間なのだ。


 「邪魔して悪かった。続けてくれ。アディオス」


 おれは右手をシュッと挙げてその場から立ち去ろうとする。


 「ぐえぇっ!?」


 何者かの手がシャツの台襟だいえりを掴み、強烈に引っ張る。

 

 「ゴホッ!ゴホッ!」


 喉は鍛えようがない。むせる。

 振り返ると、舞愛ちゃんと綾ちゃんが立っていた。

 2人とも顔が赤いが、ムスッとしている。舞愛ちゃんは分かるが、なぜ綾ちゃんまで不機嫌そうなのだろう。


 「「誤解だから!!!」」


 2人は声を揃えて言った。


 「え?なに?ゴカイ?釣りでもすん......ぶはぁっ!!!」


 言い終わる前に2つの拳がおれの顔面に飛んできた。

 なんて揃った攻撃だろう。息がピッタリじゃねぇか。


 「仲直り、出来たんだな......」


 おれは遠のく意識のなかで、そう呟いた。

 しかし2人がどんな反応をしたのかは分からない。

 なぜなら気絶したからだ。



 つづく

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