第8話 ヤンキー女も家に来た!
おれは後になって後悔するタイプだ。
綾ちゃんが家に来たとき、勝手に彼女のことをベラベラと喋ってしまった。でしゃばったな。と思う。おれは彼女のなんだというんだ。
友達のいないおれは、昼休みの教室で一人そんなことを考えていた。
「おい」
舞愛ちゃんが声をかけてきた。
友達いないのか?いや、いないのか。
しかも、もれなくバシバシと肩を叩いてくるので、痛い。
「なんすか」
「あのさ、猫太郎って元気か......?」
「元気だよ」
「見に行ってもいいか......?」
おい、コイツも家に来る気か?綾ちゃんといい、男の家に1人で行くのは怖くないのか?
「いや〜今日は友達と約束があってさ......」
「おい、お前友達なんていないだろ」
おれに友達がいないことはバレてしまっていた。
「じゃ、じゃあ行くからな。モフらせろよ」
その捨て台詞とともに昼休みが終わるチャイムが鳴った。
というかモフらせろって......
†††
「お、おじゃまします」
舞愛ちゃんは礼儀正しく言うと、靴をきっちり揃えて上がった。
「猫太郎、ヤンキーが来たぞ!隠れろ〜」
「なんでだよ!」
「ぐはっ......」
強烈な逆水平が飛んできておれはダウン。
その隙に彼女は猫太郎のもとに向かう。
「猫太郎〜!元気にしてたか?」
「にゃふり」
「お?にゃんにゃんにゃん?」
「にゃるる」
なんだコイツら。会話してやがる。
「それ、会話できてんの?」
「たりめーだろ。私と猫太郎の仲だぞ」
「いや、猫太郎と1回しか会ったことないだろ」
「何回も会ってるぞ?」
「え」
もしかして、おれが買い物に行ってる間とかに勝手に家に上がって猫太郎を愛でていたというのか......?
恐怖だ。
「もしかして不法侵入......」
「......!違ぇよ!猫太郎が段ボールに入ってるのを見つけてから1週間!毎日!会いに行ってたの!」
ぷくぅと頬を膨らませて怒る。
おお。ヤンキーも丸っこいとなんだかかわいいなぁ。
「モフっていいか?」
「ダメ!今猫太郎は私がモフってんの!」
「いや、舞愛ちゃんを」
瞬間、彼女は目を見開いたかと思うと、顔を真っ赤にした。
「な!なっななななななななななな!!!!!!」
壊れた機械かジョイマ◯のように「な」を連発したかと思うと、グーが飛んできた。
「しまっ――――」
しまった。と思ったときにはもう遅かった。拳は右頬に直撃し、おれは崩れ落ちる。
また怒らせてしまった。どうも彼女の前だと思いつきでいろいろ言ってしまうなぁ。
どれくらい経ったのだろうか。意識を取り戻し、時計を見ると、1分も過ぎていなかった。
「市野、お前......」
舞愛ちゃんが驚いて目を丸くしている。
「もしかして私のパンチに慣れた?」
ふざけたことを言う女だ。慣れるわけないだろ!というか大体、人が気絶するレベルのパンチを普段使いするんじゃねえよ!
でも彼女に殴られまくっているうちに、元々自身のあった打たれ強さがさらに上がっている気がする。おれにとってはもう価値のない能力ではあるがな......
「慣れてたら避けてるよ」
「そりゃそうか!ハハハハハ!」
なぜ人をぶん殴ってここまで笑えるのか。理解しがたい。
「にゃにゃにゃ」
トコトコと猫太郎がやってきて殴られたおれのほっぺたを舐めてくれる。優しいやつ。涙が出てくるぜ。
「うわ!いいないいな!」
舞愛ちゃんがぴょこぴょこ跳ねている。
「ダメだ。人をぶん殴るヤツはキライだって猫太郎も言ってるぞ。なー?猫太郎!」
「そんなこと言ってねぇよ!殴られるようなこと言うほうが悪いんだ!なー?猫太郎!」
最初はおれを殴る度に“やっちまった!ごめん!”みたいな感じだった舞愛ちゃんだが、最近はこのように一切悪びれがない。非常に由々しき問題である。おれはサンドバッグじゃないからな。
「にゃー」
猫太郎がなにか言った。
「な!なななななななな!!!!」
それを聞いて舞愛ちゃんはまた「な」を連発する。
猫太郎にもパンチが来る、と思いおれは彼女を庇う。
「ぐはっ!」
拳はなぜかおれの左頬に飛んできた。
「いってぇ......」
「わ、悪かった市野。猫太郎がおかしなこと言うから」
流石に悪いと思ったのか、舞愛ちゃんは謝ってきた。そしてなんか猫太郎のせいにしている。なんという他責。
「ま、とりあえず落ち着こうぜ。お茶でも飲もう」
おれはこれ以上パンチを喰らいたくなかったので、彼女に休憩を促した。
†††
来客用の緑茶を舞愛ちゃんに出す。なんだかデジャヴ
「ありがとな」
彼女は湯のみを手で包むと、子猫のようにちびちびと飲む。
猫舌なのかな?なんだかなごむ。
「そういえば」
切り出す。
落ち着くと真面目な話をしたくなるのである。
お茶を飲む舞愛ちゃんを見て“睡眠薬入り”のお茶をイッキした綾ちゃんのことを思い出した。
やはり......彼女の“秘密”を綾ちゃんに勝手に喋ってしまったことを謝らなければならないと思った。
「綾ちゃんと会ったんだけど」
「綾と?マジかよ」
「ああ。それで......舞愛ちゃ......
「なんだよ?かしこまって」
舞愛ちゃんは首をかしげる。
「綾ちゃんにキミのこと喋っちゃった。チームとか組まないし舎弟とかつくらないこと......それは綾ちゃんのことを考えてだっていうこと......」
言ってしまった。
女の子がわざわざ体育館裏にまで呼び出してまで“秘密”とすることだ。あまりにもペラペラ喋りすぎたと思う。
だからパンチを覚悟した。目をギュッと閉じて衝撃に備える。
しかし......
「そっか......」
舞愛ちゃんはしおらしく返事をするのみ。
「じゃ、じゃあ猫太郎も存分にモフったし、そろそろ帰ろうかな」
彼女はそう呟いた。無理して明るい調子で言っていた。
「お、おい......」
舞愛ちゃんはおれの制止を聞かず、まっすぐ玄関に向かった。
「送るよ」
「いや、いい」
そう言うと、ドアを開けて出ていった。
やはりマズいことをした。
言うべきではなかった。
「いや......」
ウジウジしている場合ではない。こういう状況の場合、女の子を追いかけるべきなのだ。
ドアを開き、2階の通路から下を見て、舞愛ちゃんがまだ近くにいるか探す。
「いた!」
おれはすぐに舞愛ちゃんのもとに行こうとするが、彼女が誰かと喋っているようだ。
おれは目を凝らす。
女の子、ウチの学校の制服を着ている。ポニーテールが揺れていた。
「綾ちゃんだ......」
つづく
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