第7話 変な女が家に来た!

 捨て猫というのはなかなかに大変だ。

 まず拾ったあとはなるべく体を暖めてやらねばならない。

 そして食べ物。猫太郎は何日も食べていないようだったので、すぐに餌をあげる必要があったが、彼女は子猫なので、固形のキャットフードは避けて、流動食を与えた。そして体力がある程度回復したので、動物病院に連れて行った。捨て猫というのは感染症にかかっているおそれがあるのだ。

 検査の結果、猫太郎は健康体だったが、検査費に加え予防接種をしたので、もろもろで一万数千円が飛んでいった。正直かなりイタいが、猫太郎のためには仕方がない。

 動物病院の帰り、猫太郎を抱いて家に帰っている途中のことだった。


 「市野くんですか?」


 女の子に声をかけられた。

 これはカツアゲかハニートラップだ。知り合いすら少ないおれが女の子に声をかけられるワケがない。


 「違います。では」


 おれは右手を挙げてターンライト。なるべく早く離れたい。


 「待ってください!アタシ、舞っち......舞愛ちゃんの友達で......」


 うん?てことは......


 「あやちゃん?」


 「な、なんで知ってるんですか......?てかいきなり名前呼び......キモ......」


 「舞愛ちゃんに話を聞いた。フッフッフ。キモいだろ。デュフ」


 「うわ......こんなんがなんで舞っちと......じゃない!舞っちについて聞きたいことがあります!」


 あまり取り合いたくなかった。勝手に舞愛ちゃんのことをペラペラ喋るのは気が引けたのだ。


 「まぁ。いいけど、猫太郎がいるし、話すならウチ来てよ」


 こう言えば引くだろう。女の子が知らない男の家に単身乗り込むほど危険なことはない。


 「はい。行きます」


 「そっか。そうだよね~じゃあ仕方ないからまた今度......え?」


 「ですから、行きます」


 「は?」


 「行きます」



 †††



 なんでこんな事になっているのだろう。

 おれの唯一の安寧の地である、コーポ・スタービーチ204号室には、ピリピリした空気が漂っていた。

 部屋には目がパキパキの綾ちゃん。

 そして縮こまるおれ。


 「猫太郎、なんとかしてくれよ」


 「にゃふり......」


 猫の手も借りられず、おれは詰んだ。

 今からでも帰ってくれないかな......そうだ!


 「お茶どうぞ」


 おれは緑茶を出す。


 「ありがとうございます」


 彼女は無愛想にお礼を言う。


 「あの、それ睡眠薬入ってるから飲まない方がいいよ」


 「は?」


 「でもそのお茶飲むことが舞愛ちゃんのことを話す条件だから」


 もちろん睡眠薬など入っていない。しかし流石に見ず知らずの男に“薬入ってる”と言われたお茶は飲まないだろう。


 「仕方ないですね......」


 お、帰るか?帰るか?


 「んっ......」


 彼女はおもむろにコップを取ると、こくこくとお茶を飲み、数秒後、空のコップがテーブルに置かれた。マジかよ!?


 「綾ちゃん、正気か?」


 「はい」


 「どんだけ舞愛ちゃんのこと好きなんだよ。もしかしてアレか?同性愛的な......」


 「違いますっ!」


 彼女は急にムキになって否定する。別におれは偏見とかないし、人の恋愛対象についてどうこう言うシュミもないぞ?それに、女の子同士ってなんだかドキドキするし。


 「まぁ、Tranquilo落ち着けよ。なんでも答えてやるから......とりあえずその堅苦しい話し方やめなよ。素じゃないだろ?」


 「わかった」


 「よし、で、なにが聞きたいんだ?」


 おれはテーブルを挟んで綾ちゃんの向かいに座った。


 「単刀直入に聞くわ。アンタって舞っちのカレシ?」


 「ぶっ!」


 思わず飲んでいたお茶を吹き出す。


 「うわ汚っ!」


 お前のせいだろという言葉は飲み込み、吹き出したお茶をティッシュで拭く。


 「違うよ。全然違う。なんでそうなるんだよ」


 「だって最近噂になってるわよ?舞っちが男と一緒にいるって......」


 なんなんだ。女の子が男と歩いていたらなんでも恋人になるのかよ。生きずれぇ世の中だな。


 「じゃあなに?友達?」


 「友達......なのか?」


 友達というより、たまたま会って、なし崩し的に話すようになっただけだ。


 「うーん......」


 「なんかエピソードとかないの?」


 「不良に襲われたときに助けられた」


 「ああ。なるほどね......舎弟?」


 少しムッと来た。


 「あのな......舞愛ちゃんは舎弟とかつくる気はないし、チームも組まないって言ってたぞ」


 「え?」


 「君に嫌われたくないから......そう言ってた。舎弟とかチームとかつくったら“ホンモノのヤンキー”になっちまうって......」


 「そう......舞っち......」


 綾ちゃんの表情が真剣なものに変わる。


 「たぶん、彼女はまた君と友達になりたいんだ」


 「そっか......また、友達に」


 彼女は噛みしめるように呟いた。


 「ヤンキーになってからの舞っちってなんか近寄りがたくて、距離を置いてたんだ。あの子がヤンキーになったのってアタシが原因で、しかもアタシを助けてくれたのにね」


 自分自身を皮肉るかのような言葉。


 「舞愛ちゃんは君に迷惑をかけたくなかったんだと思う。いや、おれの想像だけど、きっとまた友達になれるよ。君も彼女も優しいから」


 彼女があんまり悲しそうな顔をしているんで、おれはガラにもなく真面目なことを言ってしまった。

 綾ちゃんはふふっと笑う。


 「アンタ、見かけによらずいいヤツなんだね」


 「睡眠薬入れたけどな」


 「え、アレってマジなの!?」


 「嘘」


 「やっぱ最低」


 ジト目で見られるおれ。本当に睡眠薬が入っていたほうがよくないだろ。


 「まぁいいや。アンタが舞っちとどういう関係なのかも知れたし、帰るね」


 彼女はスッと立ち上がった。


 「じゃあね猫太郎。バイバイ」


 「にゃーん」


 「もう来るんじゃないぞー」


 「アタシは座礁したイルカか!」


 「面白いだろ。ほら」


 おれは夕飯に食べようと思って買っておいたアジを1本差し出す。


 「うわ魚臭っ......って水族館のイルカでもねぇよ!」


 チョップがおれの脳天に叩き落される。


 「......っつぅ〜!」


 なかなか痛い。

 おれが悶絶している間に綾ちゃんは出ていった。


 「まったく。変な女だな。なぁ猫太郎」


 猫太郎を見ると、彼女はアジを貪り食っていた。


 「おわぁぁぁ〜!お、おれの晩飯が!」


 というかお前、そんな固形物食えるのかよ......!

 おれは犬のようにがっくりと手をつき、四つん這いになったのだった。


 

 つづく

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