第4話 ヤンキー女の家に上がった!

 5人がかりで殴りかかかって来たときは正直、ビビったが、一人一人は大したことがない。軽くいなしつつ、確実に無力化していく。こっちに5人ということは、市野いちのの方に2人向かったということだろう。早くコイツらを倒して、アイツを助けてやらねぇと。市野はたぶん変なやつだが、不良ではない。カタギに手ぇ出すなんて、不良の風上にも置けねぇ奴らだ。


 「ぐへ」


 最後の一人を回し蹴りで倒した。

 

 「市野は!?」


 私は市野がいた方を振り向く。彼は顔がボロボロだった。


 「クソが!」


 片割れが叫び、拳を振りかぶる。

 放たれたパンチは、まっすぐ猫太郎の方に向かっていった。

 マズい!そう思ったが、市野は猫太郎を庇い、背中を向けた。パンチは市野の腰に命中する。彼はうずくまってしまった。

 その瞬間、私に怒りの力が漲る。

 まず、不良でもなんでもないヤツに暴力を振るうやつは許せねぇ。

 そして、動物に手を上げるヤツはもっと許せねぇ。

 私は、自分でも信じられないほどのダッシュで2人に肉薄し、市野をもう一発殴ろうとしていたヤツに後ろからラリアット。

 振り向いたもう一人の顎にアッパーを叩きこんで倒した。


 「市野、大丈夫か?」


 私は彼のそばへ行く。彼は猫太郎を抱いていた。


 「よ、余裕よ!格が違うんじゃ!」


 市野はそう主張して立ち上がったが、誰の目に見ても無理していることは明らかだった。足元はふらつき、目は虚ろだ。


 「帰れるか?」


 私は肩を貸し、彼にそう尋ねる。


 「たりめーよ!......うッ......!」


 強がった彼だったが、身体は限界だったらしく、気を失ってしまった。



†††



 目を覚ますと、知らない天井があった。


 「どこだここ」


 目を覚ます前のことがあまり思い出せない。

 確か舞愛まいあちゃんに喧嘩を売った不良2人に殴られて......


 「そうだ!猫太郎は......」


 「にゃふ」


 おれが寝かされているベットの下で、丸まっていた。ひとまず安心してひと撫で。そして彼女から視線を動かして部屋を見回す。やけに可愛らしい部屋だ。枕カバーはひらひらがついているやつだし、カーペットはピンクだ。ぬいぐるみがいくつか棚に並べられていて、ファンシーな感じだ。

 ドアが開く。

 現れたのはなんと築城舞愛舞愛ちゃんだった。


 「目が覚めたか?」


 彼女はさっきのドスが効いた声とは正反対の優しい声で言った。だが、おれはその問いには答えなかった。それより気になることがあったのだ。


 「ここは......?」


 そう。ここがどこかということである。


 「......私の部屋だよ.......」


 舞愛ちゃんは照れているのか、おれから目を逸らして言った。

 マジかよ。あんなに強いヤンキー女がこんな部屋に住んでいるなんて。途端に彼女が可愛く見えてきた。


 「めちゃめちゃカワイイ部屋だな」


 「なっ!そういうことをイチイチ言うんじゃねぇ......」


 彼女は真っ赤になっている。これ以上イジるとグーが飛んできそうだ。


 「助けてくれたのか?」


 「ま、まぁ。あそこに放おっておくのも気が引けるだろ」


 「優しいな」


 「ち、ちげぇよ。お、お前よりも猫太郎が心配だったんだ」


 「あれ、ペットダメだったんじゃなかったのか?」


 「まぁ、一瞬ならしょうがねぇだろ」


 「にゃふー」


 舞愛ちゃんが猫太郎を抱き上げて撫でる。

 ね、猫に負けた......

 ところで、この部屋は彼女の部屋。そしてベッドは一つ。もしかしてこのベッドって。


 「これ、舞愛ちゃんのベッド?」


 「そ、そうだよ」


 途端に心拍数が上がる。


 「か、勘違いすんなよ。私は一人暮らしで、お前を寝かせるところが他になかったから仕方なくここに寝かせただけだからな!お前が帰ったら死ぬほど洗うからな!」


 舞愛ちゃんは早口でまくし立てた。ん?一人暮らし?つまりこの空間にいるのは俺と彼女ふたりきり......

 鼓動が上がる。


 「そ、そう......」


 それしか言えなかった。


 「お、おう......」


 会話が止まってしまう。普段ナンセンスなギャグで会話から逃れていて、そのために人との関係が希薄なことのツケがきたようだ。

 

 「じゃ、じゃあおれもう完治したから。か、帰るよ」


 「ほ、ホントに大丈夫か?」


 「そ、そら余裕よ」


 おれはベッドから出て立ち上がり、肩をブンブン回す。


 「じゃ、じゃあおれは帰るよ。この埋め合わせは必ずするから!アディオス!」


 おれは舞愛ちゃんの返答を待たずに、焦りまくって、猫太郎を抱き上げ、彼女の部屋を出た。顔が熱くてしょうがなかった。正直まだ少し腰は痛む。



†††



 外に出ると、もう夜だった。

 春の夜はそこそこ冷える。その冷気が火照った頬と頭を冷やす。

 おれの家はここからだと電車で3駅ほどのところにある。星が浜はそこそこな田舎なので、都会のように駅間が狭くない。そのため3駅といったら割と距離がある。この時間はついつい人に考えごとをさせる。

 舞愛ちゃんのことを思い出す。

 冷静に考えて、彼女はあまり良く知らない男を部屋に入れて怖くなかったのだろうか。

 出してもないのに賢者モードで考えるが、ふと、彼女に倒されたヤンキーたちの姿を思い浮かべる。7人を1人で捻り潰していた。

 押し倒そうものなら逆に押し倒されるかもしれない......。


 「お、恐ろし......」


 正直、あんなに強いヤンキーははじめて見た。

 しかし、あのアホのノーコンとダーツでも徒党を組めるのに、舞愛ちゃんには仲間とか舎弟とかいないのだろうか。

 おれはそのことばかりが気になって家の最寄り駅を電車が通り過ぎていることに気づかなかった。



つづく

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