第26話 ヤンキー女は悩んでいる!
夜、くたくたになったおれたちは駅前で別れた。大荷物は家の方向が同じだという
「じゃあね」
「おつかれー」
「またやろうぜ」
3人と手を振りあい、別れた。
おれは
しばらく歩く。
急に2人になるとなんだか気まずく、しばらくはおれも舞愛ちゃんも無言だった。
「今日は楽しかったね」
なにか話そうと言葉を探すが、なにも思いつかず、意外性も面白味もない、なんの当たり障りもないことを言った。
「また行きたいな」
と舞愛ちゃん。
「ふふふっ」
なぜか笑う。その目はおれを見ていた。
「なんだよ」
「いや、“おれを捕まえてみなよ”って......ぷぷ」
海で2人きりになったおれは、告白する勇気もなく、照れ隠しに、女の子が海で言うような言葉を放ったのだった。
「あ、あんまイジんなよ」
「だって、思い出したら面白いんだもん」
「思い出すな」
「そんな無茶な......」
「思い出すな思い出すな思い出すな」
5円玉を吊るしたひもを目の前で揺らした。
「なんでそんなん持ち歩いてるんだよ!」
叩かれた。
「夏だから、かな」
「意味わかんねぇ......」
「ところで、舞愛ちゃんは夏休み予定ある?」
言ってから、おれの頭の中は「バカ」という文字で埋め尽くされた。
なんだその誘い方は。もっと気の利いたことを言えないのかよ
あまりにも唐突な質問に舞愛ちゃんは一瞬、目を丸くして
「お~?」
ニヤニヤしながらおれを見ていた。
「それってお誘い?」
「......あぁ」
大真面目に答えると、急に舞愛ちゃんは顔を赤らめた。
「え?あ?ホントに......?」
「ああ」
「な、な、ないぞ......うん」
「じゃあ、映画でも行かないか?」
「い、市野は映画好きだもんな、うん」
「行ってくれるか?一緒に」
もうヤケである。
語気を強め、舞愛ちゃんに顔を近づけて迫った。
「う、うん......行く」
言質は取った。
「じゃあまた連絡するから」
その言葉を告げるころには舞愛ちゃんの家の前に着いていた。
「お、おう......待ってるから」
舞愛ちゃんが付け加えた最後の一言におれの胸は高ぶったのだった。
†††
市野と別れた私は、ベッドにダイブした。
海から帰って、シャワーは浴びたものの、髪はゴワゴワして、肌からはうっすらと潮の香りがする。
そんな普通なら嫌なはずの感覚だが、今はむしろ心地よい。今日の思い出がよみがえってくる。
「海、楽しかったなぁ」
青い海と白い砂浜。
みんなの笑った顔。
ビーチバレーは
スイカ割りも、まぁいろいろあったが......楽しかった。
それに市野のあの“捕まえてみなよ”は傑作だ。まだ面白い。
脳裏に市野のふざけた顔が浮かぶ。
「市野......」
枕を抱きしめる。柔軟剤の香りが広がる。
帰り際、彼は私を映画に誘った。思い出せば、強引な誘い方が不器用な彼らしくて笑ってしまいそうになる。
だが、最後、私に顔を近づけてきたのはヤバかった。
心臓が尋常じゃないスピードでドキドキしている。
「あいつ、私のことどう思ってるんだろう......」
私はあいつが好きだ。
だが、私があいつと付き合うなんてのはおこがましいと思っている。でも、心の奥底では好きで好きでたまらない。市野のことを考えるために心が苦しくなって、呼吸すら苦しくなる。
今、目の前に彼が現れたら間違いなく抱きしめてしまうだろう。
だが、彼はいない。代わりに毛布を抱きしめた。
毛布は温かみがあるように思えるが、今はひどく無機質に覚えた。
重症だな、と自分でも思う。
あいつはどうなのだろう。
なぜ私を誘ったのか、私のことが好きなのか?
いや、思い上がりか?
友達だから、あるいはヤンキーをやめさせるという義務感からだろうか?
考え始めると、思考はどんどんマイナスなものへ落ちていく。
そして寂しく、せつなくなってくる。一番暑い季節なのに、心は寒くなる。暖めて欲しい。
「市野......」
無意味に彼を呼ぶ。部屋にはただ私の声だけが響いた。
ぎゅっと毛布を抱きしめる力が強くなる。
無意識に右手が下へ下へと伸びていく。ダメなのに。
「
現実では一度も読んだことのない市野の下の名前。
何度も何度もその名を呼びながら、自らを撫でる。
いくら1人で名前を呼んでも、毛布を力いっぱい抱きしめても、いくら肉体的に気持ちよくなっても、満たされない気持ち。
私はその日の夜は眠ることができなかった。
つづく
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