第27話 ヤンキー女と映画に行った!

 お盆も終わり、街中の人の数も落ち着いてきたころ、おれは舞愛まいあちゃんを映画に誘った。

 おれはここまでの夏休みの間、課題に追われ、趣味に没頭していた。すなわち、ほぼ1人で過ごしていたのである。

 今日は久しぶりに人と会う。しかもその相手が舞愛ちゃんだということに、柄にもなく若干緊張していた。


 「おっす」


 おれが待ち合わせ場所の定番、駅前にある謎オブジェがそびえたつ広場に行くと、すでに彼女は待っていた。


 「おっそいぞ!」


 舞愛ちゃんは両手を腰に当てておれを睨んだ。


 「いや、時間通りだが......」


 むしろ、おれは集合時間の5分前に来た。


 「どんだけ早く来たの、舞愛ちゃん」


 彼女はスマホを取り出し、時刻を見て、


 「あっ」


 と声を上げた。


 「お、おーっす市野いちの。私も今来たところだぞ」


 急に照れながら言う。


 「無理があるって......」


 「うるさい!」


 叩かれた。

 久しぶりに喰らう舞愛ちゃんの逆水平じみた叩き方は、かなり効いた。


 「っつぅ~......」


 おれはうずくまる。


 「あ、わ、悪い......人を叩くの久しぶりで加減ができねぇ......」


 「このゴリラめ......」


 「なんか言ったか?」


 「いえ、何も!」


 スッと立ち上がって敬礼した。


 「ならいいんだが」


 舞愛ちゃんは苦笑した。


 「ん?というか......」


 「なんだよ」


 「“人を叩くの久しぶり”ってことは、夏休み1回もケンカしてないってこと!?」


 「おう、してないぞ」


 嬉しかった。

 いくら最近はマイルドになってきたといっても、彼女は有名だし、売られたケンカは必ず買う、星が浜最強のヤンキーだ。

 おれと一緒にいなかったここ2週間ほどで1回くらいはケンカしているもんだと思っていた。


 「そりゃ、市野と約束したからな」


 頬を赤らめて言う舞愛ちゃん。

 胸の奥が熱くなるのを感じた。



 †††



 「ところで、何を観るんだ?」


 舞愛ちゃんはあまり映画を観ない。だから見やすそうで、面白そうなものを選ぶ必要があった。

 しかし、おれにとって映画はいつも1人で観るものであり、人のことを考えて映画を選ぶことには不慣れであった。そんな理由で、映画を吟味するのに一晩費やしてしまい、今日は寝不足だ。


 「これ」


 おれはスマホの画面を見せた。

 犬と飼い主の心の交流的なサムシングを描いた感動系の映画である。これを観に行くと猫太郎ねこたろうに報告したら、不満そうな声で鳴いていたが、誰かと観に行くにはちょうどいいと思う。観たことはないが映画のホームページからはそんな雰囲気が感じられる。


 「へぇ~ワンちゃんの映画か!」


 そんな軽い気持ちで映画を選んだが、舞愛ちゃんの食いつきはかなり良かった。

 ホッとした。

 正直映画好きにあるまじき考えだが、おれは映画の内容よりも、舞愛ちゃんといい感じになれることを期待していた。


 駅前の映画館はオシャレだ。

 おれは普段家の近くの格式の低い映画館で、学割を使って観ているので少し緊張していた。


 「うぉ。結構オシャレなんだな」


 舞愛ちゃんも似たような感想を持っていた。

 チケット発券機で座席を選ぶ。


 「スカスカだ」


 座席は選び放題だった。

 夏休みということでファミリーアニメの劇場版が上映されているらしく、客はそっちに流れているようだった。

 選びたい放題なのでおれは一番観やすい後方中央の席を取ろうと思い、タッチパネルに手を伸ばす。


 「一番前にしないのか?」


 と、横で見ていた舞愛ちゃん。


 「一番前は画面がでっかく見えていいんだけど、首を上に向けなきゃいけないんで割とみずらいんだよな。それと、画面が若干歪んで見えるんだよ。それに.......」


 おれは早口でまくし立てる。

 あ、と思い、舞愛ちゃんを見るとニコニコしていた。


 「あ、いや、ごめん。興奮して......」


 めちゃくちゃ恥ずかしい。


 「詳しいな......市野。ていうか、こんな楽しそうな市野、はじめて見たぞ」


 「はずいって」


 顔が熱い。


 「なんか、飲み物買いに行こうよ」


 チケットが発券されると、おれは恥ずかしさをごまかすために舞愛ちゃんに提案した。


 「OK。えーっと......」


 「あそこ」


 売店の隣にカウンターがあって、飲み物と軽食が売っている。

 おれは金がないが、映画を見るときは多少無理をしてでもコーラとポップコーンを買っている。

 近所の映画館と違い、バターオイルがないことに若干不満を覚えつつ、コーラとポップコーンMサイズを2人分頼むと、明らかに小さいカップが出てきた。


 「あの、Mを頼んだんですけど......」


 「こちら、Mサイズになります」


 店員のお姉さんは気まずそうにしていた。

 カルチャーショック!近所の映画館ではMサイズを買うとドカ盛りのポップコーンが出てきて、持ち帰り用の袋もくれる。コーラもかなり小さく思えた。


 「なにがっかりしてんの?」


 舞愛ちゃんに肩を叩かれる。

 舞愛ちゃんの分のコーラとポップコーンの入ったトレーを渡し、近所の映画館のポップコーンの巨大さを話すと


 「なにそれ行ってみてぇ!」


 と目を輝かせていた。たちえLサイズでも彼女には持ち帰り用の袋は不要だろう。


 『スクリーン7で上映の......』


 アナウンスが流れる。

 

 「お、じゃあ行くか」


 チケットを渡して、スクリーンに入る。

 おれは映画には大して期待せずに座席に座った。



 †††



 「うぅ......」


 「いい......いい話だった......うぅ......」


 おれたちは号泣していた。

 生まれたときから一緒にいた少年と愛犬の絆とお別れという題材のよくありそうな内容だったが、演出が良すぎてめちゃくちゃ感動してしまった。

 結局、おれたちは映画を観た後、昼を食べにファミレスに立ち寄ったのだが、そこでも映画の話しかしなかった。

 実は今日を足掛かりに舞愛ちゃんを夏祭りに誘おうとしていたのだが、ずっと映画の話をしていたため、結果的にそれはできず、解散となったのだった。



 つづく

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