第28話 ヤンキー女と夏祭り!

 「やっちまった......」


 私は頭を抱えていた。

 今日、映画を観た後、私は市野いちのを夏祭りに誘おうと思っていた。

 しかし、映画の話だけして解散してしまったのだ。いや、あの映画はめちゃくちゃ面白かったし、泣けた。それはいいのだが、彼との関係を進展させることができなかった。私ってやつは......と落ち込んでいると、携帯が振動した。


 「なんだよ」


 携帯をとって画面を見ると、市野からメッセージが来ていた。


 『夏祭り、一緒に行かない?』


 「行く行く行く行く!」


 私は飛び跳ねて喜んだ。


 『行ってやってもいいぞ』


 メッセージに即返信をしたのだった。



 †††



 夕方。

 生ぬるい風が吹く。海沿いはこの前皆で行ったときとはまた違う様相を呈していた。

 サーフボードを積んだ車で渋滞していた道路には露店が立ち並び、車に変わって歩行者でごった返している。

 今日は夏祭り。おれの隣には舞愛まいあちゃんが立っていた。彼女はまさかの浴衣で来た。水色の浴衣が金髪に生える。


 「う~ん。いい匂い」


 もちろん露店には焼きそば屋やたこ焼き屋が出店しており、そこからの匂いに舞愛ちゃんはウキウキしていた。


 「うぉぉぉ!見ろ!市野!」


 興奮した舞愛ちゃんがおれの腕を引っ張る。


 「なになに」


 彼女が指をさした先には牛串屋なるものが出店していた。


 「1本800円......」


 祭りの飯にしても高すぎる。黒毛和牛使用!とでかでかと書かれているが......

 買う人は少なそうだ。


 「おじさん!これください!」


 数少ない購入者が身近にいた。

 小学生じみた口調だが、舞愛ちゃんだ。いつの間にかおれのそばを離れ、牛串屋のおっさんに注文していた。


 「おまたせ」


 戻ってきた舞愛ちゃんは牛串を咥えていた。しかも手にはさらに2本の串が入ったパックが握られていた。


 「2400円......」


 おれは瞬時に計算して青ざめる。

 そういえば本屋でバイトしてるんだったな。舞愛ちゃん。


 「ん?どした?」


 すでに2本目を食べ終え、3本目に行こうとしていた舞愛ちゃんはおれを不思議そうな顔で見る。


 「いや、別に......」


 「あ、わかった!市野も食べたいんだろ?」


 ち、ちげぇ......


 「ほい」


 その言葉とともに牛串がおれの目の前に差し出される。


 「食べていいぞ?」


 おれは狼狽した。

 これはもしかして、もしかするとアレか?あの、あーんっていう......

 どうするべきか。いや、これまでにも舞愛ちゃんに食べさせてもらったことはあったが、今は人前だ。いや、たぶんおそらく周りの人はおれたちのことなんて気にしてはいないと思うが、おれは気にする。恥ずかしい。

 第一舞愛ちゃんと付き合っているわけでもないし......

 いや、舞愛ちゃんは無自覚でやっているに違いない。そこでわざわざ指摘したら気まずくならないだろうか。いや、なるだろう。

 と、いうことは思いきっていくしかねぇ!


 「えぇい!ままよ!」


 おれは牛串にかぶりついた。


 「ひゃっ!」


 舞愛ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。


 「ふぇ?え?


 彼女の方を見ると真っ赤になっていた


 「渡したつもりだったのに......」


 その言葉を聞いておれも顔が熱くなる。

 そもそも行為自体が恥ずかしいのに、勘違いだったとは......

 

 「そ、それで、どう?」


 「ど、どうって何が......」


 「私の牛串......どうだった?」


 なんかエロいな......


 「うまかったけど、舞愛ちゃんのレバニラのほうが2兆倍うまいかな」


 実際、牛串はうまいっちゃうまかったが、最高にうまいかといったら、正直微妙に感じた。


 「な、な、な、」


 「え、どうしたの?」


 ボンと頭から頭頂部から爆発が起き、ゆでだこみたいに赤くなった舞愛ちゃんに、おれは困惑した。

 いや。

 冷静に自分が今何を言ったか考えると、とんでもないことを言っていたことに気づく。

 おれも顔が赤道くらい熱くなる。


 「ちょ、ちょっと、と、と、と、トイレ」


 間を取ることにした。


 小便器の前に立ってチャックを下ろす。が、別に本当にトイレに行きたかったわけではなく、冷静になりたかっただけなので当然ではある。

 しかし、依然としておれはテンパっていた。心臓はドキドキ、汗はダラダラ、顔は熱い。

 なぜテンパっているのか。それはおれが舞愛ちゃんのことが好きだからだ。

 だが、自分が舞愛ちゃんに釣り合う人間だとは思っていない。さっきのレバニラ発言みたいなことがあると、今の舞愛ちゃんとの関係が壊れてしまうかもしれない。それが怖いのだ。

 息を吐いて上を見る。

 トイレの天井にはでっかい蛾がとまっていた。

 結構人が入ってきたが、その真下の小便器は誰も使いたがらなかった。

 なぜかおれはそれを見て、急速に頭がクリアになった。

 おれはあの蛾だ。

 誰にも近寄らず、誰からも近寄られず、孤独に生きてきた。そんなおれと、ひょんなことから仲良くなったのが舞愛ちゃんだ。おれ史上最も仲良くなった人物だ。

 数少ない大切な人。

 蛾は話せないから、大事な人に思いを伝えることはできない。おれは違う。

 そして、思いは伝えることで初めて形になるのだ。


 「よし」


 チャックを上げ、小便器から離れる。


 「サンキューな」


 蛾にお礼を言っておいた。



 †††



 公園のトイレの前で市野を待つ。

 私の心臓は鼓動を速めている。夏の暑さとは明らかに違う熱を帯びた顔を手で仰ぐ。


 「市野......」


 無意味に彼の名を呟く。

 さっきの発言は照れる。

 しかも牛串を直接食べていた。

 もしかすると、市野は私に気があったりするのだろうか......


 「お、カワイイじゃん!」


 不快な声が響く。

 見ると、年上っぽい二人組の男が立っていた。目を隠したマッシュカットと、目深に被ったキャップ。2人とも見たことがない顔。おそらく星が浜の人間ではないだろう。私を見ていた。目が合う。


 「お姉さん、良かったらなんだけど、お茶でもどお?」


 マッシュの方がテンプレナンパ文句を浴びせてきた。

 私は無視する。


 「ちょい、聞いてんの?お姉さん、お姉さん、お姉さーーーん?」


 マッシュは畳みかけてくる。


 「ちっ。うるせぇな......」


 無視を貫くつもりだったが、つい呟く。

 めんどくさい。なぜ脈ゼロなのにしつこく絡んでくるのだろう。大体、2人で1人をナンパしてどうするつもりなのだろうか。


 「はは!口悪っ!」


 「でもそういう女ほど、良く鳴くんだよねぇ」


 キャップの方が私の左手首を掴んだ。

 瞬間的に右の拳が出そうになるが、耐えた。

 殴るわけにはいかない。ここでケンカを起こしてしまえば、市野と皆を裏切ることになってしまう。


 「来いよ!」


 キャップは手首を強引に引っ張る。


 「ちょっ!?離せよ!?」


 引っ張られると体格差があだとなり、私は人気のない、トイレの裏側に引きずられてしまう。

 男はそのまま私を壁に押し付け、両肩を掴む。


 「生意気なクソ女でもすぐに良くなるさ」


 退路はマッシュによって立たれていた。

 

 「チッ......」


 私は舌打ちをするが、それは強がりであり、実際は怖かった。2人は私より体格があり、間合いもない。


 「難しく考えないでさ、楽しもうぜ?」


 言葉とは裏腹に、かなりの力で私の胸倉をつかみ、男が自らの顔に私の顔を引き付けたその瞬間。


 「オ イ ! オ イ ! オ イ !」


 聞き覚えのある声。

 

 「なんだぁ?」


 マッシュが振り返ると、人影が見えた。


 「ずいぶんと治安の悪いことしてんじゃん」


 そこには市野が立っていた。



 つづく

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