第29話 ヤンキー女に告白した!

 「オイ!オイ!オイ!」


 普段の彼からは想像できないデカい声を出して市野いちのが現れた。


 「治安が悪いなこの街は」


 市野は退路を塞いでいたマッシュを押しのけ、私とキャップ男の元へやってくると、男の手を払いのける。


 「行こう。舞愛まいあちゃん」


 私の手を引いて、トイレの裏を脱出する。

 男2人はポカーンとしていたが、ハッとした様子で私たちに詰め寄ってくる。


 「な、なんだぁお前?」


 「お前らこそなんだよ」


 市野は彼らに向き直る。


 「......チッ」


 キャップ男は舌打ちする。


 「大体、お前、その女になんか関係あんのかよ」


 とマッシュ男が言う。


 「彼氏だよ」


 市野はまさかの一言を発した。


 「そうなのか?姉ちゃん」


 キャップ男は私に詰め寄ってくる。


 「あ、あぁ......」


 と答えるが、顔が熱い。


 「さぁ、わかったろ。だからもうまとわりつくな」


 市野は私の手を引いて、その場を離れようとする。


 「クソ......」


 悔しそうなキャップ男。


 「いや、待てよ?別に彼氏だろうが、ぶっ飛ばして姉ちゃん奪い取ればよくね?」


 私と市野はもう歩き始めていたが、マッシュ男が大声で信じられない提案をキャップ男にしていた。

 それを聞いた市野はものすごい形相を浮かべ、ずんずんと2人の方に歩いていくと、2,3言何かを言った。すると、2人は急に青ざめ、


 「ごめんごめん」


 「ちょっとした冗談のつもりだったんだよ!」


 と言って逃げていった。


 「小物だなぁ」


 戻ってきた市野が呟いた。

 私は彼の大胆な行動に目を奪われていた。


 「大丈夫?舞愛ちゃん。よく殴らなかったな」


 背中をポンと叩かれる。

 私は彼が2人のナンパ男たちに言った言葉、“彼氏だよ”が脳内でぐるぐる回っていて、こびりついて離れなかった。



 †††



 空はすっかり薄暗くなっていた。

 祭りのクライマックスである、打ち上げ花火を見るために、おれたちは海岸に向かって歩いていた。

 生ぬるい風が吹く。

 ただ、生ぬるくてもアドレナリンで熱くなったおれの頭を冷やすには十分だった。


 『彼氏だよ』


 自分の言葉が脳内で反芻される。

 なんてことを言ってしまったのだろう。めちゃくちゃ恥ずかしい。


 「市野」


 なにか他に言い方があっただろう。友達とか、きょうだいとか、父とか母とか......いや、父母はおかしいか。


 「市野」


 だいたい、舞愛ちゃんはどう思ってるだろう。告白もしていないのに......


 「市野!」


 「はいっ!」


 ムッとした舞愛ちゃんがおれの手を掴んでいた。

 その顔は少し赤い。


 「な、なんでしょう......」


 「どこまで歩くんだ。もう着いてるぞ」


 いつの間にか、おれたちは砂浜の上に立っていた。



 †††



 花火は海上に浮かんだ船から打ち上げられるようで、この砂浜が一番近く見えるらしい。

 そのため、砂浜はすでに大量の客で埋め尽くされていた。

 

 「これ、座ったら花火見えなくね?」


 一度砂浜に腰を下ろした舞愛ちゃんだったが、人の頭しか見えないことに気づき、すぐに立ち上がり、砂を払った。


 「確かに」


 夏の夜、ビーチ、花火......

 これらの単語から想像されるロマンチックな雰囲気はこの場にはなかった。

 砂浜を支配していたのは、デカい笑い声、走り回る子供、酔っ払いだった。

 おれは静かで、花火がよく見えそうで、静かそうな場所を探した。

 ふと、砂浜の最後方、堤防に目が行く。だれも座っていないし、あそこなら人の頭よりも花火が見えそうだ。


 「あそこ行こう」


 堤防の上に並んで座る。

 またあの生ぬるい風が吹く。風に当てられて、おれははじめて汗をかいていることに気が付いた。

 ふぅと息を吐く。舞愛ちゃんを見ると、彼女は海の方を見ていた。

 ドンと、大きな音がする。花火が打ちあがったようだ。

 そしてまた、ドンと大きな音がすると、辺り一面が明るくなり、舞愛ちゃんの横顔が夜の堤防に照らしだされた。

 あまりにも綺麗だった。


 「好きだ」


 舞愛ちゃんの横顔を見て、おれは思った。


 「へ?」


 一瞬の間があり、舞愛ちゃんがおれのほうを向いた。

 最初はきょとんとしていたが、その顔はみるみるうちに紅潮する。


 「え?」


 おれは心の中で思ったつもりだったが、完全に口に出ていたらしい。

 言ってしまった。


 「い、市野、今私のことをす、す、す、す......」


 舞愛ちゃんはめちゃくちゃ早口で噛んでいる。


 「好きだ」


 もうどうにでもなれと思って、もう一度、舞愛ちゃんの目を見てゆっくり言った。


 「そ、そそそ、そうか」


 舞愛ちゃんは真っ赤になって目を逸らす。

 花火が何発も打ちあがっているが、その音ははるか遠くに聞こえる。


 「舞愛ちゃん」


 「な、な、なに?」


 彼女はおれの目を見ようとしない。

 返事を聞くまでは引き下がれない。おれは本気なのだ。ビンタされる覚悟も、逃げられる覚悟も決まっている。


 「舞愛」


 「は、はい!」


 「本気だ。返事を下さい」


 おれの言葉に、舞愛ちゃんはうつむいて深呼吸する。

 あ、やっぱりダメか。そりゃそうだよなと思った。


 「私も」


 「え?」


 「私も、市野のこと、好き......」


 自分の耳を疑った。


 「え、な、なんだって?」


 「だ、だから、好きだって言ってんだろ!何回も言わせんな!」


 「ま、マジか......」


 おれはとんだ勘違いをしていた。舞愛ちゃんへの気持ちは一方的なものだと思っていたが、実際はそうではなかった。


 「はっ!はははは」


 そう思うと、なんだか笑えてきた。


 「な、なに笑ってんだ?」


 「いや、ずっと、おれの片思いだと思っていたんだ」


 「そ、それを言うなら私だって片思いだと......ぷっ」


 舞愛ちゃんも噴き出した。


 「何悩んでたんだろうな」


 舞愛ちゃんはそう言って笑った。

 どん、と花火の音が大きくなった。


 「あ、花火」


 おれが思い出したように言うと、舞愛ちゃんは正面を見た。

 打ち上げ花火は終盤のようで、何十発もの花火が連続で打ち上げれれるスターマインが行われていた。


 「市野のせいでほとんど見逃しちゃったよ」


 「おれは舞愛ちゃんしか見てなかったけどね」


 「な!恥ずかしいこと言うなよ!」


 照れている。


 「かわいいな」


 「あ、あんま調子に乗るなよ」


 そう言いつつも、舞愛ちゃんはおれとくっつくほど近い位置まで来て座りなおした。

 それは10cmほどの移動だったが、おれには大きな一歩に思えた。

 密着し、触れ合う。


 「うれしい......」

 

 涙目で笑う舞愛ちゃん。

 指先が絡まり、ぎゅっと握りあう。

 最後の花火が消えると同時に、おれたちはどちらからともなくキスをした。



 つづく

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