ヤンキー女とざわめく秋

第30話 幸せと、不穏な雰囲気!

 9月のはじめ、長いようで死ぬほど短かった夏休みが終わった。

 それ自体はマイナスなことだが、夏休みはおれに大きな変化をもたらした。


 「どうした?光稀みつき


 隣を歩く舞愛まいあちゃんがおれの視線に気づく。その顔は笑顔だ。

 そう。大きな変化とは、この金髪プリンの女の子、築城 舞愛つきしろ まいあがおれの彼女になったのだ。

 一緒に登校しているのは付き合う前からだが、付き合う前とは違い、お互いに腕を組んでいる。

 星が浜一のヤンキーとして有名な舞愛ちゃんが男と腕を組んで歩いている様子は珍しいようで、ガハマ高の生徒たちは驚いた様子でおれたちを見ていた。

 この様子だと、すぐに学校中にうわさが広まるだろう。そうなる前に大切な友人であるあやちゃん、レーカちゃん、聖哉せいやにはおれたちのことを話しておきたかった。


 「レーカちゃん」


 「お、イッチ、どったのー......って。なるほどね」


 おれと舞愛ちゃんを見たレーカちゃんはおれがなにか話し出すのを待たずに、なぜか納得した様子でニヤニヤしだした。


 「いやー、レーカちゃんうれしいなー。お似合いだよ。お二人さんー」


 そういっておれと舞愛ちゃんの肩をポンと叩いた。


 「ギャルってすげぇ」


 感心する舞愛ちゃん。たしかにおれもそう思う。

 

 「お、3人でどったの?」


 そこに間抜けな顔をして綾ちゃんがやってきた。


 「はぁ。それに比べて綾ちゃんは......」


 おれはため息をついた。


 「は、はぁ?なによ急に!?ケンカ売ってんの!?」


 「い、いや、ちゃうねん」

 

 怒る綾ちゃんに、おれは焦ってなぜか関西弁になる。


 「綾」


 舞愛ちゃんが真剣な顔で綾ちゃんを見る。


 「舞っち......?」


 「綾、私......」


 「うん......」


 綾ちゃんはなにかを察したような表情でうなずいた。


 「私と光稀、付き合うことにしたんだ」


 何度か言葉を詰まらせつつも、舞愛ちゃんは意を決して言った。少しの間の後、


 「そっかぁっ。そっかぁっ......」


 綾ちゃんは目に涙をためながら言った。しかし、その表情は泣き笑いで、その複雑な心中が察せられて、おれはなんだか心が痛んだ。

 舞愛ちゃんの様子を見るに、もしかすると、彼女は綾ちゃんの気持ちに気づいていたのかもしれない。


 「なにしょけた顔してんのよ」


 そんなおれに気づいたのか、綾ちゃんがおれの肩を軽くパンチした。


 「痛い!!!!!」


 おれはこういう空気が苦手で、大げさにリアクションしてみせた。


 「ふふ、大げさ」


 綾ちゃんはちょっと笑い、


 「よかった......よかったね......」


 と悲しくも嬉しそうな表情で言ったのだった。



 †††



 「ところで、聖哉は?」


 昼休み、いつものように昼を食べようと、皆で集まったのだが、聖哉の姿がなかった。朝も彼はいなかったし、休みなのだろうか?


 「いや、来てないんだよね」


 綾ちゃんが言う。


 「来てない?」


 聖哉にはなんだかんだいろいろ世話になっているので、舞愛ちゃんと付き合い始めたことを早く言っておきたいのだが。


 「うん。なんか学校にも連絡来てないんだって」


 「無断欠席?不良だなー」


 レーカちゃんはそう言いながらも顔は明るくない。


 「グループにもなんもメッセージ来てねぇぞ」


 舞愛ちゃんが携帯を見ながら言う。

 おれはちょっと心配だった。

 彼はまぁ、ふざけたやつだが、グループラインにメッセージもなしに休むとも思えなかった。



 †††



 そのころ、篠田聖哉しのだ せいやは廃倉庫に居た。ただし、椅子に座らされ、身体と腕を縄で縛られていた。

 彼の周りをバットを持ち、顔を隠した不良が5人で取り囲んでいる。


 「おい、なんだこれ、離せよ」


 聖哉は前日の夜、コンビニに行こうとしたところ、突然不良集団に囲まれ、殴られ、拉致されたのだった。


 「......。」


 彼を取り囲む5人はずっと黙ったままである。

 なにかされそうでされない時間が長く続いた。聖哉はずっと緊張状態にあったが、あまりにも何も起こらないため、ついうとうとしたその時、コンクリートの床にカツカツカツ......という足音が響いた。


 「よう」


 男が聖哉の前に立って言った。


 「誰だよ。アンタ」


 聖哉は星が浜の不良情報に精通しているが、目の前に立っている男の顔には見覚えがなかった。


 「はは。まぁ知らなくて当然か!はははは!」


 男は廃倉庫に威圧感のある声を響かせる。

 わざとらしく高笑いした後、屈んで聖哉に顔を近づける。


 「だが、俺が誰かはお前には関係ない」


 「だったらなんでこんな真似を。金が目的か?だったら早く財布でもなんでも、持って帰れよ」


 聖哉のズボンのポケットには財布が入っているが、中身はせいぜい2000円くらいしか入っていない。


 「あいにく金には困っていない。俺が欲しいのは“情報”だ」


 男は聖哉の周りを歩きながら言う。


 「情報?なんの......グワッ!」


 何か言おうとした聖哉に男は前蹴りをくりだした。

 椅子に縛られている聖哉は椅子ごと真後ろに倒れる。彼の背中には衝撃と激痛が走った。


 「あぁ。めんどくせぇ!お前と会話する気はねぇんだよ!」


 男は急に激高し、聖哉を上から覗き込んだ。


 「言え!市野光稀いちの みつきはどこにいる?」


 思ってもみない人名を出され、聖哉は困惑する。

 名前もわからない不良が、不良でもない光稀を探している?状況がわからなかった。

 ただ、市野の居場所を答えることがよくないことは直感的にわかった。


 「誰だそれ。知らないなぁ......グォッ!?」


 しらを切った聖哉にはストンピングが突き刺さった。


 「嘘をつくんじゃねぇ!お前が星が浜のヤンキー事情に詳しいことはわかってんだよ!それに、市野光稀とダチってこともな!」


 不良はまくしたてた。


 「クソが。まぁその2つは事実だが、光稀は不良なんかじゃな......グワッ!」


 言い返そうとした聖哉の頭を不良はサッカーボールキックで振りぬいた。


 「そんなことはどうでもいいんだよ!俺が知りてぇのは市野光稀の所在!それだけだバカ!」


 不良は聖哉の耳もとで怒鳴る。蹴られたのも相まって、聖哉の視界はぐらぐら揺れ、意識がもうろうとしていた。


 「おい」


 「はいっ!」


 不良は、聖哉を取り囲んでいた手下からバットを受け取った。


 「市野光稀の居場所を言わなければ......どうなるかな?」


 「何をしようが俺は言わな......グハッ!」


 聖哉の腹部に金属バットが思いっきり振り下ろされた。


 「痛てぇぇぇぇぇぇ......」


 あまりの痛みに彼はのたうちまわろうとするが、椅子に縛り付けられているため、それすらもできず、パイプ椅子がギシギシと音を立てるだけだった。


 「笠原かさはらさん、あまりやりすぎは......」


 手下の1人が不良に進言する。


 「アンタ、笠原って言うのか......」


 「黙れ!」


 今度は頭にバットが振り下ろされた。

 聖哉は気を失う。


 「やりすぎですよ......死んだらどうするんですか?」


 手下の1人が言う。


 「関係ない。たとえコイツ程度が死んでも、さんがもみ消してくれるさ」


 笠原はニヤリと笑った。



 つづく

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