第31話 決意!

 「ふ、雑魚が」


 床に伸びた聖哉せいやを見下ろして、笠原かさはらが呟く。

 聖哉の顔はあざだらけ、口からは血が流れている。


 「おい」


 「はいっ」


 笠原は手下に命じて、気を失った聖哉を再び椅子に座らせた。そして不敵な笑みを浮かべた。


 「奴の居場所を吐くまでやるからな」


 そう呟いたとき、彼の携帯が鳴る。


 「もしもし、笠原です」


 『首尾はどうだ?』


 「見つかりません。今、彼の知り合いの篠田しのだとかいう男を尋問しているのですが」


 『チッ!』


 電話口からのわざとらしい舌打ちに笠原は顔をしかめる。


 『なんとしても見つけろ!すぐに!』


 電話の向こうからは物に当たっているのか、ドンガラガッシャンとモノが崩れる音がする。


 『篠田とかいうやつはどんなになってももみ消してやるから、聞き出せ!市野光稀いちの みつきのバカの居場所をな!』


 電話口は一方的にまくしたてると切れた。

 笠原はまた顔をしかめた。


 「金がなきゃボコボコにしてるぜ。クソボンボンが」


 文句を垂れながら携帯をポケットに押し込んだ。電話の先は市野 雅都いちの まさと。光稀のいとこにあたる人物。彼の叔母夫婦の息子である。雅都は月が浜のヤンキー集団、レッド・ウォーターを率いている。ただし、率いているといっても、レッド・ウォーターの構成員は全て金で買収した兵隊であった。

 財力により月が浜を支配したレッド・ウォーターは星が浜を支配下に置くため、侵攻を開始した。しかし、その真の目的は、市野雅都の個人的復讐にあった。彼は光稀を恨んでいたのだ。


 「ごぼぼぼ......」


 聖哉が目を覚ました。口から吐いた血が、コンクリートの冷たい床にはじかれる。


 「起きやがったか」


 焦点が合わない聖哉の目に、ニヤリと笑った笠原の顔が映る。


 「とっとと吐けやこの野郎!市野光稀の場所をよ!」

 

 笠原は聖哉の胸倉をつかんでまくしたてる。


 「ぐ、が、が、だれ......が」


 グロッキー状態の聖哉はうわごとのように、言葉にならない言葉を発するのみ。


 「市野光稀がなんだって?」


 笠原の隣に1人の男が立っていた。


 「うわぁ!?」


 耳元でぼそっと呟かれた見知らぬ声に、笠原は飛び上がった。


 「だ、誰だ!?」


 ビビり散らかす笠原に男はフッと笑った。長髪をうっとうしそうに払い、後ろで纏めた。


 「俺も市野光稀を探している1人、とだけ言っておこう」


 その言葉にムッとした笠原に飛んできたのは、顔面へのパンチだった。


 「ぐぁっ......て、テメェ......」


 「どうした?」


 そして男は2発目にアッパーカットを放つ。


 「グォ......」


 笠原は顎を砕かれ、膝から崩れ落ちるように倒れた。


 「兄ちゃん、大丈夫か?」


 男は笠原を倒すと、聖哉の拘束を解いた。


 「あ、あぁ......あんたは?」


 聖哉が辺りを見渡すと、笠原と、彼の手下たちが倒れていた。突然のことに戸惑いつつ、自分を助けた男に聞く。


 「俺は、間宮まみやっていう。光稀のさ」


 そう言って、間宮は聖哉に肩を貸した。


 「ところで、篠田くん、アンタ、光稀と仲が良いのかい?」


 「ま、まぁな」


 「アイツは今、どこにいる?」



 †††



 「ど、ど、どどうしたんだ!?」


 翌日、久しぶりに会った聖哉は顔を腫らしていた。リノリウムには似合わない痣がいくつもある。


 「ちょっと転んでね」


 彼はそう言って恥ずかしそうに頭をかくが、転んでできた傷には思えなかった。


 「殴られた傷だな」


 こういう状況では、舞愛まいあちゃんの無遠慮な部分がありがたい。


 「まぁ、バレバレだよね」


 聖哉はまた頭をかいた。

 

 「どうしたんだ?ほんとは」


 おれが聞くと、彼はぽつぽつと昨日会ったことを話し始めた。


 「許せねぇ......!」


 聖哉が笠原という人物に拉致され、暴行を受けたと聞くと、舞愛ちゃんは久しぶりに見る、ものすごい形相で指を鳴らし始める。


 「舞愛ちゃん」


 おれはそんな舞愛ちゃんを手で制する。


 「お、おう......」


 瞬間湯沸かし器のようになっていた舞愛ちゃんは急速冷凍された。


 「でも、どうやって逃げてきたの?」


 あやちゃんの言葉に聖哉は言い出しずらそうに口をモゴモゴさせる。


 「いや、その、実は......助けてもらったんだ」


 「誰に?」


 「間宮くんとかいうお兄さんだ」


 その名前を聞いて、おれは狼狽した。


 「ま、間宮って......」


 おれより先に舞愛ちゃんが反応する。


 「知ってるのか?姐さん」


 「名前はな」


 そう言って彼女はおれの方を見る。おれは言葉に詰まる。


 「し、下の名前は聞いたか?」


 「遼太郎りょうたろうとか言っていた。光稀に会いたいって言ってたぞ」


 「イッチ、うちら以外に友達いたんだねー」


 レーカちゃんが呑気にそんなことを呟くが、おれは動揺しまくっていた。下の名前も間違いない。間宮 遼太郎まみや りょうたろう。おれの最後の格闘技試合の相手。おれが腰をやってしまい、またおれの攻撃により、彼は目をやってしまった。

 正直言って会いたくない。なぜ今更。そして合わせる顔もない。


 「会ってあげなよ。市野くん」


 「友達なんでしょー」


 と無責任な声が聞こえるが、おれは作り笑い。

 心がいまにも割れそうだ。


 「どうしたのイッチー」


 どうしたもこうしたもない。レーカちゃんはおれの敵か?

 しかし、顔を見ると、心配そうにしていた。ただの天然だ。


 「まぁ、光稀にもいろいろあんだよ」


 と舞愛ちゃんがおれの背中をポンポンと叩き、抱いた。あったかい。


 「アツアツだねぇ」


 冷やかしを受けるが、舞愛ちゃんはおれを心配そうな顔で見つめていた。

 それを見て、おれは勇気をださねば、と思った。いつまでも過去に囚われ、舞愛ちゃんに慰めてもらう。それではいけない。

 過去を清算する意味でも、いずれ遼太郎には会わねばならない。


 「分かった。会うよ」


 おれのその言葉に、一番驚いていたのは舞愛ちゃんだった。

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