第25話 ヤンキー女と皆とビーチ!PART2
ビーチバレーは散々だった。おれと
「脱げばいいの?」
おれは海パンに手をかける。
「いい、いいって!」
「みたくもないわよ。そんなモノ。ドーテーの癖に」
「うぐっ......!」
辛辣な
「レーカちゃんはみたいけどなー」
レーカちゃんはニヤニヤしながら近寄ってくる。
おれは来られると弱い。
「いいの。レーカは黙ってなさいっ!」
「えー?」
綾ちゃんがレーカちゃんをおれから引き離した。
綾ちゃんに救われるとは......
「でも負けたからにはなにか罰ゲームがあるんじゃないか?」
「おい、お前のせいで負けたんだぞ」
ビーチバレーの敗因は、聖哉が空振りまくったからである。にも関わらず、彼は他人事のような口ぶりで罰ゲームについて話した。
「それなら
「え!?」
舞愛ちゃんの言葉に聖哉は衝撃を受けていた。こいつはなんなんだ。
「とりあえず、ジュース買ってきてくれる?」
お姫様じみて言い放った綾ちゃんに、聖哉は
「喜んで!」
と言っていた。まぁそのくらいなら全然いいか。面白味もないけどな。
おれと聖哉は海の家にジュースを買いに走ったのだった。
†††
「ほい。買ってきたよ」
戻ってきてぼったくり料金のジュースたちをクーラーボックスに入れて女の子たちの方を向くと、なにやらスイカを用意していた。そういえばあったな。そんなもん。
「よし!」
舞愛ちゃんは位置が決まったのか、スイカを置くと、こっちに歩いてきた。
「じゃあ罰ゲームな」
「え?ジュースは買ってきたよ?」
「いやー。綾が“生ぬるい”って言っててな。止めたんだけど......」
舞愛ちゃんは申し訳なさそうに言った。
「悪いねーイッチ、しのっち」
いつの間にか隣に立っていたレーカちゃんにスコップを渡される。
「まさか......」
聖哉の顔が青ざめる。
「そのまさかよ!」
満を持して現れた綾ちゃん。
「あんたたちはスイカの隣に埋まりなさい!それが罰ゲームよ!」
ドヤ顔で恐ろしいことを言っていた。
「気が進まねぇ」
聖哉のもっともなつぶやきも三人の......というか綾ちゃんの耳には届かない。
おれたちはスコップで自らが入る穴を掘らされている。
「プライベート・ライアンのドイツ兵の気分だよ。自分の墓穴を掘ってる気分」
「なにそれ?」
聖哉には伝わらなかった。マジかよ?名作映画だぞ?
しばらくして、穴を掘り終わると、おれたちはそこに頭だけ出して入った。
「あっつ!」
灼熱の砂浜はもちろん砂中も灼熱だった。
頭をぶっ叩かれる恐怖と灼熱地獄、二つの苦痛におれは戦慄していた。
「ごめんな。なんかあったら助けるから」
そう言いつつ砂をかける舞愛ちゃん。
「おい、楽しんでないか?」
「い、いや?」
「さぁ、ぶっ叩かれる覚悟はいい?」
端からスイカに当てる気はないような口ぶりで、目隠しをして木刀を持った綾ちゃんが闊歩してきた。
「いや木刀って!いつ買ったんだよ!?」
「中学の時、修学旅行で......」
「舞愛ちゃんの木刀かよ!」
「やってやるわよ~」
綾ちゃんはブンブンと素振りをしている。
こ、怖ぇ......
「よし!」
振り方が決まったらしい。
「いーち、にー、さーん......」
ぐるぐる回っている。
「じゅう!」
10回回ったところで綾ちゃんは止まった。運悪く、一直線に歩いたらおれの正面にくる位置だ。
「右だ。綾」
舞愛ちゃんがおれから逸らそうと、綾ちゃんをスイカに誘導しようとする。
「右ね!」
行き過ぎて聖哉直撃ルートだ。
「マジかよ!まだ死にたくない!」
聖哉の心からの叫びが聞こえる。マズい。
「綾ちゃん!左だ左」
おれは綾ちゃんを聖哉から遠ざけようとするが
「市野くんの言うことなんか信じるわけないでしょ」
と言ってぐんぐん聖哉のほうに歩いていく。
「綾っち左、左だよー」
「む、レーカが言うならホントに左ね」
なぜかレーカちゃんの言葉はあっさり信じ、綾ちゃんは左を向く。
しかし、行き過ぎだ。綾ちゃんはずんずん進み、おれの目の前に来た。木刀がこつんとおれの頭に当たる。
「あ、当たった。ここね!」
綾ちゃんは木刀を大きく振りかぶる。
終わった。
おれは目をぎゅっとつぶり、覚悟を決める。
「とりゃぁぁぁぁ!!!!!」
綾ちゃんの掛け声が聞こえた。
イエス。ブッダ。アフラ・マズダ。ゼウス。オーディン。アマミキヨ。アマテラス。とにかく誰でもいいから助けてくれ。
しかし、いつまで経っても木刀が振り下ろされることはなかった。
おそるおそる目を開けると目の前に黒ビキニのケツ。
ああ。おれは天国に来てしまったのか。否、視線を挙げると舞愛ちゃんが木刀を真剣白刃取りしていた。
おれを救ったのは神ではなく舞愛ちゃんだった。
†††
結局、スイカはレーカちゃんによってナイフで切られ、みんなで食べた。
「
スイカを食べて頭を冷やしたのか、綾ちゃんはおれと聖哉に謝ってきた。
「いいよ。全然」
聖哉はそう言って笑ったが、おれは納得がいっていなかった。
もしかしたら彼女は全て見えていたのではないのか。つまり、おれを狙っていたのではないかということを考えていた。
それに、最近のおれに対するキツい態度はなにか理由があることを確信していた。
「綾ちゃん、ちょっといいかな」
おれは彼女を連れて皆から離れた。
「なによ」
人気のない場所に綾ちゃんを連れてきた。聞こえが悪いが、あまり皆のいい雰囲気を壊したくはなかったのだ。
「あのさ、おれのこと嫌いなの?」
おれは単刀直入に聞いた。
「どういう意味よ」
「いや、だって最近アタリが強いと思って」
「......っつ」
たじろぐ綾ちゃん
「......嫌いじゃないよ。むしろ感謝してる」
絞りだしたような言葉だった。
「ただ、悔しいだけ」
「悔しい?なにが......」
「舞っちのこと......」
「舞愛ちゃん?」
「私は!舞っちが好きなの!」
彼女は叫んだ。その目には涙が溜まっている。
一瞬、衝撃的な告白に思えたが、おれは舞愛ちゃんと綾ちゃんが仲直りした日、二人が過度なスキンシップをしていたことを思い出した。
「うん......」
「友達としてじゃなくて、女の子として、舞っちが好き......」
「うん......」
「市野くんには感謝してる......市野くんのおかげで舞っちがヤンキーやめられそうだから......それは分かってるの......」
「いや、おれは......」
なにもしてない、と言おうとしたところで綾ちゃんがそれを遮った。
「でも!どんどん、どんどん!日が経つごとに舞っちが市野くんのことを好きになってくのが分かるの!」
「......。」
どうなのだろう。
おれは間違いなく舞愛ちゃんが好きだが、彼女がおれを好きかどうかというのは分からない。
「それが悔しいの......私は舞っちがこんなに好きなのに......舞っちは私のことを友達としてしか見てない......」
ぽつぽつと話す綾ちゃんにおれは胸が苦しくなった。
「私は市野くんには勝てないの」
「......。」
「市野くんはどうなの?」
「おれ?」
「うん。舞っちのこと、好き?」
「......ああ。好きだ」
正直に答えた。
「......!」
綾ちゃんの目から、涙が一滴落ちた。それを皮切りに、ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が落ちてくる。
彼女は泣いていた。
「ごめん、ごめんねぇ......市野くん......」
そう繰り返す綾ちゃんだったが、その涙にはいろいろな感情がドロドロに溶けて入り混じっているように思えた。
そんな綾ちゃんの前で、おれは彼女が泣き止むまで、立っていることしかできなかった。
†††
「もう大丈夫。戻ろう」
泣き止んだ綾ちゃんがつくり笑顔でそう言った。
「市野くん、一個お願いがあるの」
「なんだ?」
「絶対に舞っちと付き合って欲しいの」
「はい?」
「どうしたの?そんなポカンとして」
「いや......そんなん言われると思わへんかったわ」
「なんで訛ったの?」
「いや......」
「とにかく、約束だからね」
その押しつけがましい笑顔の中に、おれは綾ちゃんがどこか遠くに行ってしまいそうな雰囲気を覚えた。
「綾ちゃん。おれからもいいか?」
「?」
「おれは綾ちゃんのこと、敵だなんて思っていない。むしろ、数少ない大事な友達の一人だと思ってる」
綾ちゃんはハッとした。
「だから、これからもおれと......おれたちと友達でいてくれよ」
その言葉に綾ちゃんはほんとうに笑って
「あたりまえでしょ!」
目の端にはやはりまだ涙が輝いていたが、その顔は嬉しそうだった。
†††
皆と合流した後、幸運なことに特に詮索されることはなかった。
聖哉が肘で小突いてきて
「感謝しろよ」
とニタニタ笑いながら言った。どうやら彼が舞愛ちゃんとレーカちゃんにおれと綾ちゃんがいなくなった適当な理由をつけて納得させてくれたようだった。
「ありがとな」
おれは感謝の言葉とともに賄賂の缶コーラを渡しておいた。
「友達だからな。安いもんよ」
速攻でコーラを開栓しながら彼は言った。
おれはその後、砂浜に座って1人、ヤドカリをつつきながら夕暮れの海を眺めていた。
思えば夏休みまでいろいろなことがあった。舞愛ちゃんと出会い、まさかこんなに仲良くなり、仲間もできるとは当初思わなかった。
間違いなく、今までのクソッタレな人生とは比較にならないほど幸せな時間を過ごしている。
「なぁ~に黄昏てんだ?」
おれの両肩に両手が置かれた。
振り返ると非常に近い位置に舞愛ちゃんがいた。
綾ちゃんの言葉が思い出される。
『絶対に舞っちと付き合ってほしいの』
だが、あの涙と言葉を受けても、おれはまだ告白する決心がつかない。舞愛ちゃんとおれでは釣り合わないのだ。
おそらく彼女は今も1人でいるおれを心配して来てくれたのだろう。そんな優しい女の子と、唯一の友人をケガさせて、その影響で人と関わることを避けてきたようなクズは一緒になるべきではない。
そんな時はとりあえず現実逃避を行う。
おれはすっと立ち上がり、舞愛ちゃんから距離をとった。
「な、なんだ?」
「おれを捕まえてごらんよ」
そう言って、彼女に水をかけると、おれは走り出した。
「それ女の子が言うやつだって!」
律儀にツッコミながら、追いかけてくる。
砂浜にはそんな二人の足跡が長く続いていた。
†††
マジックアワーも過ぎて、辺りはすっかり暗くなっていた。
「そろそろお開きかなー」
レーカちゃんが呟いた。
「そうね。ちょっとお手洗い行ってくるわ」
「あ、私も」
舞愛ちゃんと綾ちゃんがその場を離れた。
そしてなぜか聖哉がニヤついた。
「どうした?イカれたか?」
おれの問いに、聖哉は口元に人差し指を当てた。
(レーカちゃんの驚くとこ見たくね?)
「いや、別に」
(まぁ見てろよ)
聖哉は手にデカいヤドカリを持っていた。なんとなく彼がやろうとしていることが想像できる。
「最低だな」
(なんとでも言え。おれはダウナーな子が感情を出すのにギャップ萌えすんだよ)
「イッチは夏休み他に予定あるのー?」
レーカちゃんはこれから起こることを全く察しておらず、のんきにおれに話しかけてくる。
「まぁ、映画観まくりかな」
「あははー何それー」
おれは不介入
聖哉はレーカちゃんの後ろに回りこみ、彼女の頭にヤドカリを載せた。
うわ、マジでやりやがった。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
普段のレーカちゃんからは想像できないようなどデカい声が響いた。
「どうだった?」
右頬に真っ赤な手形をつけた聖哉が戻ってきた。
「似合ってるよ」
こいつはバカなのだろうか
「おー、なに騒いでんだー?」
そこに舞愛ちゃんと綾ちゃんが戻ってきた。
「花火持ってきたわよ」
「やっぱ夏といえば花火だろ?」
2人はよくある花火セットとバケツを持っていた。
†††
手持ち花火から昭和特撮のジェット機じみて火が吹き出す。
すでに暗闇となっている海岸で、白、赤、緑......様々な色の花火が煌めいている。
「うおおおおおお」
舞愛ちゃんは両手に花火を持ってジェダイの騎士のようにブンブン振り回している。
「うわ!舞っちあぶないって!」
そう言いながらも綾ちゃんは笑顔だ。
「これ、おもしろーい」
レーカちゃんはねずみ花火をマイペースにやっていた。
「わ!」
ねずみ花火は予測不可能な動きをする。くるくると回りながら聖哉の方に向かって行った。
「うわ!こっち来んな!うわわわわ!!!!!」
まるで意思を持っているかのように聖哉を追いかけ、彼は逃げていった。
「ぷぷぷ」
どうやらレーカちゃんは仕返しを成功させたようだった。
「市野っ」
ご機嫌そうな舞愛ちゃんが隣に立っていた。
「市野もやろうよ」
彼女はそう言うと、おれにも手持ち花火を渡した。
チャッカマンで花火に火をつけると、シューっと音を立てながら青っぽい炎が噴き出した。
「私も私も!」
舞愛ちゃんはおれの花火に自分の花火の先端をくっつける。すると彼女の花火にも火が付いた。
オレンジ色の花火だ。
「あっ」
安い花火らしく、両方ともすぐに消えてしまったが、暗闇の中でオレンジに照らされた舞愛ちゃんの横顔は、とても綺麗だった。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに。
おれは心の底からそう思った。
何かが起こりそうで期待してドキドキする。そんな季節がとうとう始まったのだった。
つづく
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