第24話 ヤンキー女と皆とビーチ!

 補習の最後の科目、世界史を終えておれは何度目かわからないが机に突っ伏した。

 英語は舞愛まいあちゃんに見てもらったのだが、あの問題量に付き合わせるのが申し訳ないというのが5割、毎日奢っていたら財布が空になるというのが5割で彼女に頼るのはやめた。

 だから英語の補習が終わった後、おれは高校受験以来初めて、真面目に勉強した。


 「助太刀不要」


 電話で彼女にそう告げたとき


 「分かった」


 という舞愛ちゃんの声は嬉しそうであったが、なぜか残念そうでもあった。

 

 「あれはなんだったんだろうな」


 おれは独り言ち、プリントを世界史教師に持って行った。

 ペイズリー柄のシャツを着た世界史教師は


 「がんばったな」

 

 と言っておれの肩を叩いた。

 それが夏休み開始の合図だった。


 夕暮れの吹奏楽部の演奏をBGMにワクワクしながら荷物を取りに教室に向かう。

 明日から夏休み終了までに何本映画を見られるだろうか。そんな計算をしながらガラガラと扉を開ける。


 「「「「おつかれーーー!!!」」」」


 その掛け声とともに、おれに水がかけられた。


 「うわ!」


 おれはさすがにびっくりして仰け反る。

 しかしすでにワイシャツはびしょびしょだった。見ると、舞愛ちゃん、あやちゃん、レーカちゃん、聖哉せいやの四人が、ニヤニヤしながらウィルキンソンのペットボトルを振りまくっていた。

 彼女たちと目が合うと、ペットボトルの口がおれに向けられ、ビールかけじみて発射された。

 ワイシャツどころかズボンまでびしょびしょになった。



 †††



 「どうしてこんなことを?」


 びしょびしょのおれは、腕を組んで仁王立ちをしつつ、モップで床を拭く4人を見る。


 「そんな怒ることないだろ?せっかく労ってあげようと思ったのに......」


 全く反省していない様子の聖哉が口を尖らせる。


 「優勝したのかと思ったよ」


 「ほら、イッチ、なんだかんだ喜んでるじゃんー」


 「そもそも、市野いちのくんごときが私たちに労ってもらうだけでも光栄なことに思いなさいよね」


 こいつら......

 まぁ気持ちはうれしいだけにおれはそれ以上責めるのはやめた。なぜなら夏休み開始に伴い機嫌がどんどん良くなっているからだ。

 実際、びしょびしょなのに心拍数は上がり、ワクワクが止まらない。


 「市野」


 4人の中で唯一申し訳なさそうな顔をしていた舞愛ちゃんに話しかけられる。


 「実は、私ら、市野の労いのためだけに来たんじゃないんだ」


 「え?」


 「海に、行かないか?」



 †††



 翌週、おれは駅前に向かった。


 「イッチ、おそーい」


 「市野、2年待ったぞ」


 「今日は市野くんの全奢りね」


 「光稀みつき、舞愛姐さんの靴を舐めろ......ってそれじゃあご褒美か!」


 「ごめん」


 四者四様の文句を言う4人に、おれは平謝りする。


 「それじゃ、行こー」


 レーカちゃんがギャルらしく先導し、おれたちは改札を通って電車を待つ。

 

 「重っ......」


 遅れたおれだが、寝坊していたからだとかダラダラしていたからだとか、そんな理由ではない。

 さかのぼること、否、さかのぼるまでもなく昨日、綾ちゃんが大荷物を持った聖哉を引き連れてやってきて、ビーチパラソル、サンシェードテント、そしてスイカを玄関に置き、明日持ってくるように一方的に告げて帰っていったのだ。

 これらの荷物が自転車につめなかったため、へぇへぇ言いながら手で持って駅前まで歩いたのだ。

 綾ちゃんを見ると素知らぬ顔をしていた。

 なんという女王様気取り。なんだか彼女は最近おれに当たりがキツい気がする。


 「半分持ってやろうか?」


 そんな様子を見ていた舞愛ちゃんが気遣って声をかけてきてくれた。


 「マジで?」


 「ああ」


 「じゃあこれ」


 おれは持っていて一番恥ずかしいスイカを舞愛ちゃんに渡した。


 「え?」


 困惑しながらスイカを受け取った舞愛ちゃんだったが、スイカを両手で抱きかかえるように持った。


 「ブっ!」


 金髪プリンのヤンキーが、スイカだけを持っている様子がなんだかおかしくて、おれは恩知らずなことに吹き出してしまった。


 「わ、笑うんじゃねぇ!」


 自分でもその滑稽さに気づいたのか、舞愛ちゃんは顔を赤くして怒る。


 「だ、だって......お、おもしろいんだ......ブっ!......もん」


 ムキになって怒っている舞愛ちゃんだが、スイカを一玉持っているのでなんだか間抜けだ。おれはそれでまた笑ってしまった。


 「もう持ってやんねぇ!」


 怒った舞愛ちゃんにスイカを返却され、おれはまた1人だけ大荷物を持たされた。


 電車に乗り込み、横一列にロングシートに座る。

 他愛ない話をしながら15分くらい揺られると、目的地の星が浜海岸駅に到着した。

 海岸の駅らしく、南国でもないのに南国を想起させるようなカナリーヤシが植えられていた。

 駅から海岸までは5分ほど。荷物の重いおれにとっては3倍くらいに感じられた。

 海は青く輝き、砂浜は肉が焼けそうなほど灼熱だ。ビーチサンダルがなきゃ死んでるなと思いつつ、ビーチパラソルを立て、シートを敷き、テントを立て、スイカをそこに入れた。


 「ふぅ~」


 おれは一息ついてシートに座る。

 まぶしい日差しがパラソルで良い感じに遮られ、ちょうどよい暖かさになっておれをまどろみへと誘う。


 「なに休んでるのよ」


 そんなおれを叩き起こしたのは綾ちゃんだった。

 目を薄く開けると、仁王立ちした綾ちゃんが立っていたのだ。


 「私たち着替えに行くから荷物見張っててくれる?」


 彼女はそう言うと、おれの返事を待つことなく、レーカちゃんを引き連れ更衣室に行ってしまった。


 「災難だな」


 聖哉が隣に来て言う。


 「なんか最近、綾ちゃんがおれにキツい気がする」


 「まぁな」


 「なんでだろう......」


 「さぁ?まぁあの子にも色々あんだろ」


 何か知っている風だったが、はぐらかされた。


 しかし、綾ちゃんはレーカちゃんと2人で更衣室に向かったな......

 


 「舞愛ちゃんは一体どこに......」


 「私を呼んだか?」


 「うぉわ!?」


 真後ろに立っていた。


 「ま、舞愛ちゃんは着替えに行かなくていいの?」


 おれが聞くと、舞愛ちゃんはムフフとドヤ顔をした。


 「その必要はねぇんだよこの野郎」


 「どこに“この野郎”要素が......」


 舞愛ちゃんは被っていたニューヨーク・ヤンキースのキャップを脱ぐと、おもむろにTシャツに手をかけ、まくり上げようとした。


 「ちょ、おいおいおい!」


 暑さでおかしくなったか?

 そう思い、焦って止めようとしたが、もう手遅れ。Tシャツは脱ぎ捨てられた。

 しかし......


 「なにしてんの市野」


 空中で行き場なくもがくおれの手を見て、舞愛ちゃんがおかしそうに笑う。

 見ると、彼女は水着を着ていた。

 意外にも大人っぽい黒いビキニが、彼女の少しむちっとした白い身体に生えていた。


 「なんという早着替え......」


 おれはそそり立つ欲望を抑えるため、水着を誉めることなく、話題を逸らした。


 「違ぇよ!下に水着を着てきたの!」


 バカをやっていると、綾ちゃんとレーカちゃんが帰ってきた。


 「おいすー」


 「戻ったわよ」


 綾ちゃんは帰還報告とともに、いつの間にか持っていたビニールのボールをおれに投げつけた。


 「おっとぉ」


 それをキャッチすると、綾ちゃんが腰に手を当てて言った。


 「海と言ったらビーチバレーでしょ!」


 ネット代わりに両陣営を分ける足で砂浜に引かれた線を挟んでおれたちは対峙していた。

 

 「ハンデね」


 という綾ちゃんの一方的な宣言によって、おれと聖哉のペア対、舞愛ちゃん、綾ちゃん、レーカちゃんというハンディキャップマッチになった。


 「これって野球拳みたいな感じで負けたら脱ぐの?」


 「いいね」


 「いいわけないだろ!」


 セクハラ揺さぶりに動揺した女子チームにおれはすかさずサーブを放った。


 「よっ」


 しかし、レーカちゃんが驚異的な反射神経でレシーブ。高々と上がったボールを綾ちゃんがアタックした。

 おれはそれをレシーブ。聖哉にトスを上げる。


 「聖哉!」


 「任せろ!」


 聖哉はかなり大きく構えた。

 嫌な予感。

 スカッ。

 ボールは無情にも灼熱の砂浜に落ちた。


 「か、空振り......」


 「うるせーな。苦手なんだよ」


 聖哉は頬を膨らませた。かわいくない。

 気を取り直してサーブを打つ。綾ちゃんがレシーブ。


 「舞っち!」


 「任せろ!」


 綾ちゃんが上げたトスを舞愛ちゃんが力任せに叩いた。

 剛速球だ。おれは飛び込んでなんとか追いつく。ボールは高々と上がった。


 「聖哉!」


 「今度こそ!」


 スカッ。


 「はぁ~」


 おれはため息をついた。

 女子チームは笑っていた。



 つづく

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