第23話 補習も嫌だ!

 青すぎる空に高々とそびえたつ入道雲。

 蝉の声が響き、道路には蜃気楼が見える。灼熱地獄だが、一方で毎日が休みの天国。

 何かが起こりそうで期待してドキドキして、でも何も起こらない。そんな季節が夏休みである。

 ......はずだった。

 夏休みの初日、おれは部活もやっていないのになぜか学校にいた。なぜかと言うと、テストが赤点だったからだ。

 舞愛まいあちゃんに見てもらった科目は赤点を回避したが、初日に無茶苦茶な解答を書きまくった3科目――英語、世界史、数学――はひどい点数だった。そのため夏休み最初の3日間は補習をやることになり、おれは学校に行くことになった。


 「じゃ、やっといてね」


 無責任な英語教師の一言とともにプリントが一枚、机の上に置かれた。

 補習授業といってもただただプリントの問題を解くだけ。赤点を補填するシステムとして形式上のみ存在している感がある。実際、英語教師は


 「わからないとこあったら聞いてねー」


 と口では言いつつ、教室を出ていった。

 教室にはおれ一人だけ。ガンガンに冷房が効いている。授業でもテストでもないので楽と言えば楽だが、なんだか物寂しい。おれは夏休みに何をやっているんだ。

 それに......


 「わかんねぇよ!」


 あの英語教師はなぜおれが赤点をとったのか理解していないのか?問題がわかんねえからだよ!

 1問目から頭を悩ませていると、ガラガラと扉が開く音がした。さすがに英語教師が戻ってきたかと見ると、意外な人物が立っていた。


 「よお」


 金髪プリンのロングヘアに目つきの悪い三白眼、夏服に普段食いまくっているだけあって肉付きのいい太ももが映える女の子が立っていた。


 「なんか失礼なこと考えてただろ」


 舞愛ちゃんはジト目でおれを見て近づいてきた。


 「いや、考えてないけど、でも......なんでいんの?」


 「失礼な!市野いちのがどうせ問題分かんねえんだろうなって思って教えようとして来てやったんだけど帰ろうかなー?」


 「!」


 「じゃ、がんばってなー」


 「すいませんごめんなさい舞愛様!!!!!教えてください!!!!!」


 おれは後ろ歩きで教室を出ていこうとする舞愛ちゃんにしがみついた。


 「わ!」


 びっくりした舞愛ちゃんだったが、表情を戻すと


 「しょうがねえな」


 と笑った。



 †††



 日が傾くころ、おれと舞愛ちゃんは机に突っ伏していた。

 楽だと思っていた補習だったが、分量が異常に多かった。

 職員室にプリントを出しに行くと、英語教師は


 「じゃあこれ、次ね」


 と言って新たなプリントを出してきた。

 それが5回も繰り返されたのだ。


 「舞愛ちゃん、ありがとう......」


 「いや、気にすんな......」


 そう呟く舞愛ちゃんだが、か細い声で、掠れていた。


 「まさかあんなに量があるなんて」


 「だな、ていうか舞愛ちゃん補習受けたことないの?ヤンキーなのに」


 分かり切ったことを言う。

 彼女はヤンキーだが去年は委員長だった。成績は優秀なのだ。


 「イジんじゃねぇよ」


 ぺしりと叩かれる。

 その衝撃で疲れていたおれは我に返った。

 あたかも補習が終わったかのような雰囲気を出していたが、今日は英語が終わっただけだ。


 「明日も、明後日もあるのかよ......」


 「そりゃ、市野、点数悪かったからなぁ」


 「く、勉強しとけば良かった......」


 「今更かよ......」


 おれ自身は自業自得だとしても、完全に巻き込まれる形で一日潰してしまったであろう舞愛ちゃんに申し訳がない。

 なんか奢るよ、と言うと突っ伏していた彼女は飛び上がった。


 「いいのか!?」


 深く考えずに言ったことに激しく後悔した。

 彼女は大食いなのだった。



 †††



 ラーメン屋で替え玉をして完食した後、別のラーメンをもう一杯頼んで完食する人間ははじめて見た。


 「舞愛ちゃん、フードファイターになれるんじゃないか?」


 「は?私は大食いじゃないぞ?」


 当の本人は頭のおかしいことを言っていた。


 「うふぃー......食った食った」


 舞愛ちゃんとは対照的に、ラーメン一杯で腹いっぱいのおれは腹をさすりながら店を出た。

 彼女はさらにドカ盛りチャーハンを頼んでいたので、おれは見るのも嫌になって、財布を渡して店を出た。舞愛ちゃんの食事が終わったころにはおれの財布はすっからかんになっているだろう。涙が出てくる。


 「あなたが市野光稀いちの みつきさんですか?」


 聞きなれない声がした方向を見ると、屈強な男が一人立っていた。

 おれはビビる。

 なにかマズいことしたっけ?

 拉致?警察?CIA?


 「そうですけど......あなたは?」


 腰が低い男に対して、おれも腰が低いふりをした。


 「私は星が浜連合格闘同好会ほしがはまれんごう かくとうどうこうかい、代表の古島こじまです」


 ホシガハマカクトウドウコウカイ?どこかで聞いたような......


 「あぁ、長いですよね。連闘会れんとうかいの古島とお覚えください」


 男は笑顔で言った。圧のある笑顔だ。

 思い出した。聖也せいやに前聞いた、星が浜にいくつもあるヤンキー集団のうちの一つだ。


 「ヤンキーの方がおれに何の用です?」


 おれがそう言うと、古島の目が変わった。


 「我々は断じてヤンキーではないのです。あくまでも格闘技を嗜み、その上で最強を目指す集団なのです。好き勝手暴れまわるヤンキーどもとは一緒にしないでいただきたい」


 彼はまくしたてた。

 確かに、おれが以前関わったヤンキーの坂下さかした丸本まるもとのような好戦的な雰囲気も、突っ張っている感じもない、ただ、古島から感じる圧は紛れもなくヤンキーのものである。


 「すみません」


 そう思ったが、あまり揉めたくないのでおれは謝った。


 「分かっていただけて嬉しいです」


 彼は頭を下げた。


 「それで、私はあなたに一つ頼みごとをしに来たのです。」


 「頼み事?」


 「はい。実は現在、月が浜に完全に新規のヤンキー団体、“レッド・ウォーター”が立ちあげられ、瞬く間に勢力を拡大しています。彼らには星が浜侵攻のうわさもあり、その場合、星が浜の治安は崩壊するでしょう」


 すでに街にヤンキーがあふれている時点でだいぶ治安が悪いと思うのだが......


 「星が浜を守るため、我々連闘会はいつも抗争している保死我破魔ホシガハマ武羅怒倶楽部ブラッドクラブを取り持って同盟を結ばせました。彼らと我々でレッド・ウォーターに対抗するつもりです」


 「よかったですね。でも、それとおれに何の関係が?」


 「単刀直入に言います。市野さん、そして築城舞愛つきしろ まいあさんも我々の同盟に入っていただきたい」


 「断ります」


 即答である。

 星が浜を守るとかなんとか言っているが、その実は単なるヤンキーの抗争だろう。馬鹿馬鹿しい。

 そもそもおれは二度と拳を使わないし、舞愛ちゃんはヤンキーをやめることを決断した。

 その旨を伝えると、古島は残念そうな顔をした。


 「気が変わったらいつでも連絡をお待ちしてます」


 彼はそう言ってメッセージアプリのIDを書いたメモを渡し、帰っていった。


 「ごちそーさま」


 そのタイミングで、のれんをくぐって呑気な顔の舞愛ちゃんが店を出てきた。


 「ごち」

 

 彼女はおれに財布を返す。

 中身を見ると、金は半分くらいしか減っていなかった。


 「あれ?こんなもん?」


 「ドカ盛りチャーハンはチャレンジメニューだったからな。完食してタダになったわ」


 やっぱこの子すげぇなと思う。


 「やっぱフードファイターになれるよ。舞愛ちゃん」


 おれはヤンキーの抗争もフードファイトで決めればいいのに、とか馬鹿なことを考えていた。

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