第12話 カラオケに行った!
月曜日。
ゴールデンウィークの最終日だ。
おれはゴロゴロしながら古い映画を観ていた。宇宙人と空中戦をするやつだ。こういうエイリアンしばき系のSF映画は見てておもしろいが、“自分と違う者を排除する”という人間の深層心理めいたものを感じる。
映画ではエイリアンだが、自分と違ったらそれが同じ人間でも排除するのか。と。
そんなことを考えていたら自分とは違う人間のなかに飛び込んで行ったヤンキーのことを思い出した。
「
そう思い携帯を開くと、大量のメッセージが来ていた。
『遅すぎだろ』
『皆もう集合してるわよ』
『イッチ、寝坊ー?』
なんだこれは。
困惑する。カラオケって女の子だけで行く感じじゃないの?
とりあえず、おれは主催者のレーカちゃんに電話をかける。
『もしもしイッチー?』
「ああ」
『今起きたんー?』
「違うけど。もしかしておれもカラオケのメンバーに入ってる感じ?」
一瞬間がある。
『え?当たり前じゃんー。もしかしてイッチはハブられてると思ってたんー?』
「ああ」
『すぐ来い!』
電話口の声がほにゃほにゃしたレーカちゃんの声がどっかの金髪プリンヤンキー女の怒鳴りに変わり、おれは思わず携帯を耳から遠ざけた。
『マイアちゃん、カンカンだよー』
他人事のように言うレーカちゃん。
「舞愛ちゃんがちゃんと行ってて安心したよ」
『レーカちゃんはイッチが来てないことに驚きだけどねー』
『今すぐ来い!』
なんであのヤンキー女は電話口のレーカちゃんより声がデカく聞こえるんだよ。
「分かった分かった。ダッシュで行きますよ」
電話を切って猫太郎を一瞥する。
「行かないとダメだって」
「にゃー」
猫太郎は鳴いただけだった。
†††
皆が集まっているのは星が浜駅前だ。そこから徒歩数分のところにカラオケがあるので、駅は待ち合わせにはちょうどいい場所だったのだろう。
というわけでママチャリを引っ張り出し、ギコギコと爆走することで、5分で星が浜駅についた。
「お、お待たせ......」
「おっせぇ!」
「抓るわよ?」
「イッチお疲れー」
駅前の待ち合わせスポットの定番である、現代美術の謎オブジェの前に学生が集まっていたので、覗いてみたらビンゴだった。ウェーブ赤髪と金髪プリンとポニテが見えたのだ。
そして今さらながらメンバーを確認していなかった。
おれは知り合いも友達も少ない。だからあまり面識がない人がいたら気まずいんだよなー、などと思いつつ、集まったメンバーを見る。
まず舞愛ちゃん。リボンがついた女の子っぽいカーディガンを着ていて、金髪プリンとのギャップが凄まじいが、それよりも不機嫌そうな顔に目がいく。
「そんなんじゃ友達できないぞっ」
と言ったところ、殴られた。痛い。
次に
「遅れてごめん」
と言ったところ、無言で抓られた。こいつらは暴力コンビと呼ぼう。
そしてレーカちゃん。
「寝坊かと思ったー。レーカちゃんもよくするしー」
などと言っている。殴られなくて良かった。
「ところでメンバーってこれだけ?」
知り合いしかいない。
「俺もいるぞ」
声がした方向を見ると
「聖哉......なんか久しぶりだな。ほんで顔色悪くね?」
「いや、逆にお前はなんで平気なんだよ。築城舞愛がいるんだぞ?」
彼はボリュームを落とし、青ざめた顔で言う。
そういえば舞愛ちゃんって星が浜最強のヤンキーなんだった。
「そんなビビってるならなんで来たんだ?」
「アイツが来るなんて知らなかったんだよ!」
どうやらレーカちゃんに騙された様子だ。ドンマイ。『女の子がいっぱい来るよー』などと言われてノコノコ来たのだろう。
「2人ともなーに話してんの?行くよ!」
綾ちゃんにケツをひっぱたかれて、おれたちはカラオケに向かったのだった。
†††
ルームに入ると、カラオケ独特のにおいが鼻をつく。
カラオケは苦手だ。というかおれは最近の曲をあまり知らない。
というのも、おれの両親は小学生のときに死んでおり、おれは中3まで親戚の間をたらい回しにされ、どこでも煙たがられたためテレビも見られず、携帯もパソコンも持っていなかったからだ。
「誰が最初に歌うー?」
「篠田くん、行きなよ!」
「え、俺!?」
当然ながら、そんなおれのことなど露知らず、4人で盛り上がっている。
一曲目は聖哉が歌うことになったようだ。
「愛ない絶えない退廃一人のふぁいた〜......」
なんかモテそうな曲を歌い出した。女の子たちの間をチラチラ見ながら歌っている。こいつはダメだな。
カラオケの採点は90点だった。
確かに曲はいいし、彼の歌もいいが、モテようとしてるのがキツいな。聖哉。
「おい!分析すな!」
声に出ていたので頭を叩かれた。
「次はこの綾ちゃんが歌ってあげるわ!」
ポニテをぶんぶん揺らしながら綾ちゃんがデンモクに曲を入れる。
「お」
聖哉が声をあげる。
プロ野球チームのチャンステーマみたいなイントロが流れる。
「これは俺的に、女の子がカラオケで歌って欲しい曲ランキング1位だぜ」
聖哉がニヤニヤ言う。嬉しそうで何よりである。
「だーりんだーりん、こころのぉ〜とびらを〜こぉ〜わしてよぉ〜」
だが、綾ちゃんはとんでもなく歌が下手だった。
「あ、綾......」
舞愛ちゃんは綾ちゃんがウタヘタなのを知っていたのか苦笑いしていた。
「どう?」
綾ちゃんはそれに気づいていないようでなんかドヤっていた。
「残念な子だ......ふごごご!」
聖哉はそう呟いたが、おれは綾ちゃんに聞かれたらマズいと思って彼の口を塞いだ。
「どうしたの?」
綾ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「いやー、メチャクチャウマカッタヨー」
と言っておいた。綾ちゃんは得意気にしていた。楽しそうで何よりである。
「次、
綾ちゃんは舞愛ちゃんにマイクを渡す。
「私か!?まあいいけど......」
綾ちゃんであの歌唱力......
歌に縁がなさそうな舞愛ちゃんならどんな厄災が待っているのか想像もつかない......
「大きな帆を立てて〜あなたの手を引いて〜」
!?
うまい!うますぎる!
金髪プリン頭と強烈なパンチからは想像できない、透き通るような歌声だ。
「マジかよ......」
聖哉は感動して泣いていた。
「風に〜風になり〜たい〜」
曲が終わるとカラオケボックスは拍手に包まれた。
「いや恥ずいって!」
舞愛ちゃんは赤くなりながらマイクをレーカちゃんに押し付けた。
「うえー。
レーカちゃんはそう言いながらもデンモクをポチポチして曲を入れていた。
「青雲、それはー、君がー見た光ぃ〜」
ん?なんか懐かしい感じがする。
「幸せの〜青〜い〜雲ぉ〜」
うまいんだが......一瞬で終わった。
「ふぅ〜」
レーカちゃんはやりきった感を出して、ぱふっとソファーに腰をおろした。
彼女はなんともミステリアスだ。
†††
そんな調子でカラオケは回っていた。
聖哉はモテようとしている感バリバリの歌を歌いまくった。
綾ちゃんの歌は耐えの時間。
舞愛ちゃんはジャンルを問わず、めちゃくちゃ上手く色々歌っていた。
レーカちゃんは......絶妙な曲ばかり歌っていた......。
おれはというと、気配を消し、タンバリンを叩いていた。
しかし......
「あれ?
綾ちゃんが目ざとく気づく。
「うげっ」
「ホラホラ、レーカちゃんもイッチの歌聴きたいなー」
女の子2人にせがまれる。
「み、
なんか妬んでいるやつがいるが、それどころではない。
「いやぁ~、マジで歌とか知らなくて......」
「そんなこと言って〜」
綾ちゃんがニヤニヤしながら詰め寄ってくる。
「困ったな。本当にちっちゃい時に聞いた曲くらいしか歌えないんだよ......」
「ちっちゃい時っていつー?」
レーカちゃんが聞いてくる。まるで尋問だ。
「小学校低学年くらいかな......」
おれがしぶしぶ答えると、舞愛ちゃんが隣に腰掛けてきた。ヤンキーには似つかわしくないいい香りがふわっと漂った。
「これなんかどうだ?」
舞愛ちゃんはそう言ってデンモクの画面を見せてくる。
懐かしい歌が表示されていた。
「あ、これなら歌える。でも舞愛ちゃんこの曲知ってるんだ」
「ああ。一緒に歌おう」
彼女はそう言って送信ボタンを押した。
懐かしのイントロが流れる。小学生のころ、まだ両親が生きていた頃を思い出す。
「「宇宙に平和がぁ〜来るまでぇ〜は〜」」
最近では顔もあまり思い出せなくなってきた父さんに、ビデオ屋に連れて行ってもらい、借りていた特撮のビデオでよく流れていた歌である。
「「星のぉ〜戦士がぁ〜飛んでゆくのさぁ〜」」
曲が終わると、勇ましい曲とは対照的に、おれの気持ちはセンチメンタルになっていた。
舞愛ちゃんは、そんなおれの様子を見て、普段のパンチから想像できないやさしさで背中をポン、と叩いてくれたのだった。
つづく
ヤンキー女になつかれた! ゆでカニ @yudekani
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