第2章 ヤンキー女と青い夏

第11話 身体を張った!

 次の日。

 おれは当然のようにギリギリに登校してきた舞愛ちゃんを捕まえた。


 「ちゃん舞愛まいあ


 「おう。......ってなんで逆なんだよ」


 「だって舞愛ちゃんって呼ぶと怒るじゃん」


 「つーか、市野いちのから話しかけてくるなんて珍しいな」


 「ちょっと話がある。昼休みに屋上な」


 「屋上って......まさかお前......!」


 何を勘違いしたのか、舞愛ちゃんの顔が真っ赤になる。

 面白いのでほっておいた。

 

 「うっすー」


 そんなやり取りをしていると、件のダウナーギャル、レーカちゃんが現れた。


 「お、おう」


 舞愛ちゃんは話しかけられると思っていなかったのか、若干驚いている。

 おれはレーカちゃんが言う“スペシャルな作戦”がどういうものなのか不安で仕方なかった。


 「築城つきしろさんさー、今度みんなでカラオケ行くんだけど一緒に行かないー?」


 レーカちゃんはふにゃふにゃして言った。


 「な!」


 舞愛ちゃんは驚いている。どうやらレーカちゃんの“作戦”は彼女をいきなりカラオケに誘うことだったようだ。


 「......。」


 舞愛ちゃんは迷っているようだった。

 

 (行ってもいいんじゃないか?)


 おれは舞愛ちゃんに小声でささやく。


 「ち、ちなみにいつなんだ?」


 「来週の月曜日ー」


 月曜日はゴールデンウィークの最終日である。


 「分かった。帰りまでには決めるからちょっとまっててくれ!」


 舞愛ちゃんはそう言うと、ドスドスと自分の席に歩いていった。


 「ありゃー。失敗かなー?」


 レーカちゃんは頭をかく。


 「いや、まぁ、任せとけ。なんとかするよ」


 そう言ってレーカちゃんの肩をポンと叩き、自分の席に向かった。


 座って隣を見る。

 てっきり舞愛ちゃんは誘われて困惑したと思っていた。

 しかし......


 「マジか!マジか!マジか!」


 なぜか興奮している。ではなぜ回答を保留したのだろう。一発OKすればよかったのに。

 

 彼女の心理を勝手にいろいろ考えていたら午前中の授業はいつの間にか終わっていた。



†††



 屋上。ラブコメものでは定番のスポットだが、現実では大抵の学校で立ち入りが禁止されている。もちろん星が浜学園も例外ではなく、屋上に出る扉には立ち入り禁止と書かれている。

 しかし、鍵が掛かっているわけでもなく、監視カメラがあるわけでもないので簡単に出入りができる。ただ、ウチは真面目な生徒が多い。そのため、わざわざ校則を犯して屋上に来る人間は少ない。密会には最適のスポットである。


 「よ、よぉ」


 フェンスに寄りかかり、腕を組んで待っていると舞愛ちゃんが現れた。なんだかソワソワしているようだ。


 「来たか......」


 屋上という場所は、少し厨二病チックな言い回しをしたくなる。


 「それは、よ、呼ばれたからな」


 舞愛ちゃんの顔は真っ赤だ。

 告白か何かが行われると思っている顔だ。面白いと思って誤解を解くのを忘れていた。


 「あのー、勘違いしてるとこ悪いけど、告白じゃないから」


 「ふぇ!?」


 彼女は間抜けな声を上げると、さらに顔を真っ赤にした。


 「だっておま......屋上に呼び出すっつったら流れ的に......恥っっっず!!!」


 一人悶えてるが、どうやらかなりのラブコメ脳をお持ちのご様子。おれの方も、脈あるのか?とかもし告白だったら返事はどうする気だったの?とか余計なことを考えるが、今日の主題はそういうことではない。


 「フっ!見誤ったな!......ぐはっ!」


 しかし細胞がどうしても煽りたがっていたので煽って一発いいのを貰った。


 「......じゃあ何の用だよ。しょうもなかったら帰るからな」


 舞愛ちゃんが不機嫌そうに言う。

 おれは一旦呼吸を整える。


 「カラオケは行くの?」


 「行きたい。けど......」


 「ヤンキーの自分が一般生徒の集まりに混ざる資格があるか。とか考えてる?」


 「市野、お前まさかエスパーか?」


 「そうだ。なんでもわかるぞ。舞愛ちゃんが昨日食べた晩ごはん、今日の3限で寝てた時間、そしてつけている下着の色......グハっ!!!!!」


 「なんで知ってんだよ!」


 アッパーがおれのあごを砕いた気がした。

 そしてなにも具体的なことを言っていないのに、“知ってる”扱いされてしまった。


 「ウソウソ!!!だっておれ抽象的なことしか言ってないよ!!!」


 「確かに......早まって悪かった」


 彼女は本当にヤンキーをやめる気があるのだろうか。ここまで既にヤンキー仕草まみれだ。

 

 「で、なんの話だっけ?」


 「カラオケに行くって話だよ!」


 おれがとぼけると、舞愛ちゃんはツッコミという名の逆水平を食らわせてきた。

 一瞬、呼吸ができなくなるが、舞愛ちゃんは本音を言った。


 「行くっつったな!それがホントの気持ちだろ」 


 「や!これは勢いで......」


 「舞愛ちゃん」


 おれはいつになく真剣マジな顔で彼女を見る。


 「は、はい」


 気迫に押されたのか、舞愛ちゃんはなぜか敬語で答えた。


 「ヤンキーやめたいって聞いたよ」


 「お、おう......」


 「まずは友達をつくってからじゃないか?」


 「お、おう......」


 舞愛ちゃんはおれの正論攻勢に対して、まるでオットセイのようにおうおう言うだけだった。


 「と、いうわけで!」


 おれはいそいそと携帯を取り出し、レーカちゃんとのトークに『舞愛ちゃん、カラオケ来るってよ』と送っておいた。


 「おい、なにしてんだ」


 いきなり携帯を取り出したおれを不審がった舞愛ちゃんは画面を覗き込んできた。


 「いやん。エッチ!」


 おれはシャワーを覗かれて赤くなる昭和ヒロインっぽい反応をしてみたが、画面を見た舞愛ちゃんの方が真っ赤になっていた。


 「勝手にきめるなー!」


 ヤンキーをやめたいとは思えないスピードの右ストレートがおれの顔面を打ち抜いた。


 (でも行く流れになっちまったし、ここで断ったらナメられるかな)


 何やらブツブツ言っているが、別にナメられないし、ナメられたところでどうなんだ。

 横向きになった視界で舞愛ちゃんを観察していると、彼女はドタドタとこちらにやってきた。

 おれを見下ろしている。そして彼女はスカートをはいている。と、いうことは......!


 「お、見え......ぐはっ」


 結局、下着の色は分からずじまい。なぜなら顔面を踏みつけられたからだ。


 「しょうがねぇ。行ってやるよ!」


 ヤンキーをやめたがっている女の、謎のヤンキーっぽい考え方により、おれは自らの身体を犠牲にして、彼女をカラオケに誘うことに成功したのだった。



つづく

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