第20話 大立ち回り!
とりあえず動物園の外に2人を連れ出したおれは、なんとか説得を試みた。
告白のことなど今は忘れてしまい、ただただ目の前の状況を解決することで精いっぱいだった。
「なぁ。舞愛ちゃん。ヤンキーやめるんだろ?だからダメだ」
おれは舞愛ちゃんに耳打ちする。
「お、おう......わりぃ。熱くなってた」
舞愛ちゃんはおれは引っ張っている途中に正気を取り戻したらしい。
「何を耳打ちしている?戦術会議か?」
問題はこいつ―丸本―だ。やる気満々で構えている。
「ケンカをやめさせようとしてんの!」
おれは聞き分けのない丸本に吠える。
「逃げ腰のだらしないやつめ!よし!まずは貴様からだ!」
すると丸本はおれに飛びかかってきた。なんといういかれた思考!
丸本をかわす。狙いがおれに絞られるなら無理に受ける必要もない。わざわざ痛い思いをする必要もないのだ。
「市野っ!」
最初の攻撃をかわしたおれに舞愛ちゃんが叫ぶ。
「大丈夫。舞愛ちゃん、下がっててくれ」
「ふふっ。ヤンキーみたいなセリフだな」
舞愛ちゃんは軽口を叩く。さすが百戦錬磨のヤンキー。余裕がある。
しかしおれにはそんな余裕はない。一発も殴らずに、ひたすら丸本の攻撃を避け続ける。
全く当たらない攻撃で無駄に体力を消耗した丸本はゼーゼーと肩で息をする。
このままバテて諦めてくれと思っていると、彼はボソッと呟いた。
「流石“地下最強の男”だな......」
なぜこいつがその名を知っている。
おれが地下格闘技をやっていたときの恥ずかしい通り名だ。
いろいろな記憶がおれの腹のそこから湧き上がってくる。
おれは動揺する。
動けない!
「隙あり!」
「うぉっ......」
油断した。丸本は疲れたフリをしていただけだった。顔面にまともに一発喰らい、視界が揺れ、足元がふらつき、おれは地面に倒れた。
「クソっ......」
勝負勘が鈍っている。この程度のフェイントに気づかないとは......
「市野っ!大丈夫か!?」
舞愛ちゃんが駆けよってくる。
「なんともない」
おれは三味線を弾いた。
「そんなわけねぇだろ!いいからじっとしてろ!」
舞愛ちゃんはそう言うと、丸本の方を向いて拳を構える。
「テメェ......よくもやりやがったな」
舞愛ちゃんの眼光が光る。マズい!やる気だ。
「フッ!地下最強の男、市野光稀を倒した俺に、貴様ごときクソアマが勝てるかな?」
丸本が舞愛ちゃんを煽る。
クソが。フルネーム呼びかよ。こいつ、最初からおれのことを知っていたのか。
「何言ってんだオメェ。市野は普通の男だぞ?それに“星が浜最強のヤンキー”をあんま舐めんなよ?」
舞愛ちゃんはそう言うと、目の色が変わった。丸本との距離をじりじり、じりじりと詰める。
おれはなんとか手をついて立ち上がる。舞愛ちゃんに丸本を殴らせるわけにも、丸本に舞愛ちゃんを殴らせるわけにもいかない。
丸本は一歩踏み込む。ジャブを出しそうに見えるが、これはフェイントだろう。おそらく足払いを狙っている。
舞愛ちゃんはそれを読んでいたらしく、間合いの外に出る。結果、丸本が前のめりになる。その瞬間には、すでに舞愛ちゃんは腕を振りかぶっていた。パンチがくる!
おれはなんとか間に合い、丸本の腰をロックし、膝をついて彼を引き倒す。幸い二人はお互いに夢中になっており、おれの動きは悟られなかった。
舞愛ちゃんのパンチは空を切った。
「ぐあっ!」
「何!?」
二人そろって間抜けな驚き声を上げる。
「な!?」
丸本は自分を引き倒したのがおれだと気づいて驚愕の表情をしている。
「い、市野......!倒したはずじゃ......!」
「あんま、舐めんなよ?」
「ひっ!」
丸本の顔が恐怖でひきつる。舞愛ちゃんの言葉を引用したつもりだったが、おれの顔を見て、丸本は
「すいませんでしたーーーー!!!!!」
と叫びながら逃げていった。
「なんだったんだ......」
おれが呆然としていると、肩に手が置かれた。
振り向くと、舞愛ちゃんがいた。
「市野、お前やるじゃん!」
彼女はアドレナリンが出て興奮しているようだった。
「言っただろ。舞愛ちゃんに暴力を使わせないって」
「あ......」
軽口で言ったつもりだったが、彼女はハッと深刻な顔になる。
「すまない......私、自分からヤンキーやめるっつったのに......」
「いや、舞愛ちゃん。気を落とすな。そりゃ、いきなり暴力を使わなくなるなんてのは無理な話だ。いくら自制しててもな」
「そうか......?」
「そうだ。今日は動物園から出たとき、舞愛ちゃんは正気を取り戻してたよな?めちゃくちゃ進歩だ。もし今が4月だったらおれの話は聞かずに丸本に突撃してただろうよ」
「言われてみれば......」
「そう。だから頑張っていこうぜ!」
おれはガッツポーズをする。
「ふふ。調子のいいやつだな」
舞愛ちゃんは多少元気を取り戻したようで、おどけたおれに微笑した。
「ところで......」
「ん?」
「“地下最強の男”ってなんだ?」
あ......忘れてた......
つづく
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